ゆにわのうたひ

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超感覚的知覚の二面性 <1>

よくクライアントの方から「オーラが見えるようになりたい」とか「過去生を思い出したい」といった相談を受けたりします。
診たてのレベルで、触らなくてもある程度体の状態が分かるとか。
直感的に何らかの情報を読み取るとか。
やはり目に見えない力といったものを獲得する事は魅力的であるように思えます。
人には見えない物が見える、感じる、という事に驚きと好奇心を抱くのは人の性かもしれません。

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原始的な社会では、このような能力を持つ者の多くはシャーマンであったり治療師であったりします。
病気の治療や天変地異の予知など、人知を越えた領域とのコネクトが必要とされる職種であるからです。

こうした知覚を総じて超感覚的知覚(サイキック)と呼びますが、この能力の開示には2種類あるという事は意外と知られていません。
もちろん先天的、後天的という違いもありますが、ここでは後天的なものを取りあげます。

ひとつは当人の霊的成長に伴って、副次的に生じる場合。
もうひとつは事故やある種の病気、精神的なショック等によって生じる場合です。

例えばイエス・キリストは幾人もの病み人を奇跡的に治癒させたエピソードがたくさんあります。
彼は別に治療を行うために訓練をしたわけではなく、神の光との合一を通して霊的な完成に至った結果、人間の深いレベルから調和したエネルギーを発することが可能となり、結果的に人の病気を治すことができたのです。
こうした例は何もキリストほどのレベルに達さずとも、例えば赤ちゃんを抱く母親の手から溢れるもの、愛する者への真剣な祈りの中にも現れます。
一時的であっても、調和した無私無欲の心にあることができれば、ある程度の精妙なエネルギーを発し、また感受する事も可能なのです。

いずれにせよ、この知覚能力や治癒能力を私利私欲のためだけに用いてはなりません。
正確に言えば、私利私欲のみに固執するならば、この能力はやがて消え失せてしまいます。
調和した精神というものは、決して利己的であることができないからです。
なので翻って見るならば、超感覚的知覚は調和した精神の一副産物である事が分かります。

このように調和した精神に支えられた超感覚的知覚であるならば、それは多くの場合個人にとっても社会にとっても、より有益に作用するでしょう。

しかし、この能力の開示にはもうひとつのパターンがあるのです。
それが事故やある種の病気、心理的なショック等によってこうした知覚が開示される場合です。
<続く>
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by yuniwauta | 2005-06-22 23:31 | からだのはなし

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


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