ゆにわのうたひ

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命主社の仮殿遷宮。

今年は何かと役が多いらしい。
出雲に来て4年目、とうとう今年は隣保班の班長になった。
この年度は近くの歴史博物館の落成やら、大社の例祭での稚児行列の当番やらと、いろいろと町内の仕事が重なっているとか...

そうして中でも大きいのが、我が家の裏にある出雲大社の摂社「命主社」の遷宮である。
ここは昭和33年の遷宮以来、約50年ぶりの遷宮となる。
僕は今年はたまたま班長だったので、社殿の御物を運ぶ役回りを仰せ付けられた。
命主さんにはいつも守って頂いているし大好きな神社なので、これは光栄と引き受けた。

知っている方は分かると思うけれど、命主社はそれほど大きな神社ではないので、遷宮の儀式といっても小規模なものを想像していたのだが...いざ当日になってみるとエラい事に!
社殿の前には4〜50人の神職の方々が出雲大社から来られ、神妙な笛太鼓の音が響き、祝詞が奏上される。
参列者は神職とこの町内の人たちに神社関係者(?)を加えて100名くらい。
観光客は一人もいない、純粋な儀式だった。
遷宮の祝詞のあとは、それぞれ役のある者は名前を呼ばれるので「おーー!」という警蹕で返事をして前に出る。
僕も御物を運ぶ係だったので慣れないながらに「おーー!」と言って前に出た。
大榊を渡され御神体の行列に加わる。

社殿からご神体を出し、大社内の十九社に運んで行く。
ご神体の周りの白い布や行列の規模からしても神迎えの行列と変わらない、そうそうたる儀式だ。

移動中は終止『警蹕』と呼ばれる「おーーー!」という声が響きわたるのだが、これがなかなかいい。
つい先日はヨグマタに出雲に来て頂いて、たっぷりとヒマラヤのバイブレーションに浸ったばかりなのに、今日は神道の儀式に参列し大榊を担いでいる自分が可笑しくもあったが、わずか10分程度の移動の中、自分の内側に何やら宿るものがあった。

この儀式は、いつから続いているのだろう?
なぜ、このような事をするのだろうか?
そして、僕は何故ここにいるのだろう?

儀式が終わったあと、我が家の管理人の方が満面の笑顔でやってきて
「あなたは運がいい。こんな事は、もう一生ないですよ。」と言って下さった。
土地の人々が大切に守って来た信仰の中に居て、よそ者である自分が何故このような経験を許されているのだろうか?

儀式の途中、いつの間にかこの地の空気に親近感を感じている自分がいた。
数年前までは神秘的な異国に思えた出雲が、今では自分の足のように一体化している。
一気に数千年の時がシンクロして、時間の感覚が溶けていくようだった。

未だ、ほろ酔いのような感覚が残っている。
秋には新しくなった社殿に、再び御神体を納める「正遷宮」がある。
その時には、また再び大榊を担ぎたい、と思った。
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by yuniwauta | 2006-04-05 21:52 | 出雲見聞録

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


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