ゆにわのうたひ

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腹に思ふ

『腹に据えかねる』『腹が立つ』『はらわたが煮えくりかえる』といえば、怒りや憎悪の感情表現です。
腹部には表現されなかった感情が蓄積していることがよくあります。
その実、『肝胆相照らす』と言えば非常に心が通い合った仲であるし、『腹を割る』とは別に切腹をする訳ではなくて『腹の内を明かす』、つまり、心の奥の方で密かに思っている深い想いを話すという事になるわけで、こうした日本語の言い回しを思うとき、その微妙なニュアンスをよく言い得てるなといつも感心するのです。

他に『胸の内を明かす』『胸を開く』『胸が痛む』とか、『喉のつかえが取れる』『喉から手が出る』『頭にくる』『頭に血が上る』『顔から火が出る』といった体の部位と感情の結びついた言葉を咀嚼してみるとき、『腹』『胸』『喉』『頭(顔)』と、それぞれのパートに付与された『想いの質』とでもいうようなものがある事に気付きます。

例えば、腹や胸は『開く(割る)』のに、頭は開きません。
『あいつの頭の中を見てみたいものだ....』なんて思う時は、アイデアや才能溢れる人のパワーを欲しがっているのであるし、『頭にくる』時は噴火寸前で、『頭に据える』事は普通はないのですね。
誰も頭を開き合ったり、頭を割って話したりしないのは不思議です。
やはり頭は感情的ではなく『理性的・理論的』な思考の部位であるのでしょう。

喉は頭に近い分、ここの感情は思考の支配を受けています。
『二枚舌』だったり、『歯にものが挟まっている』ような言い方ができるのは、のどの感情です。
『口先だけでものを言う』事はできますが、腹先では無理です。

胸は喉よりもずっと正直ですが、繊細で傷つきやすくもあります。
胸にたまる感情は比較的浅い(短期的な)感情ですが、長患いをすると心臓や肺にきてしまうので、良くありません。
それこそ『心臓に毛が生えてしまう』とエラい事です。
余分な心配事などはスッとなで下ろして、『期待で胸をふくらませ』たり、『胸いっぱいの愛』とか、そういう事に使うのが一番でしょう。

腹の感情は、更にずっと根深く、胸に比べて長期的で直接生存に関わるような基質的なものであるように感じます。
動物が相手に腹を見せる時は完全に服従した合図ですし、人も腹を割れるのは相手を信頼しているからです。
手の内を見せた相手を欺く事はできますが、腹を割った相手は欺けません。
これは腹にはその人のベーシックな根本感情に関するものがあるからでしょう。

施術をしていて思うのですが、お腹がくすぐったいとか、人にお腹を触られるのが苦手(得意というのも変ですが...)な場合、人を信頼できないとか、自分をさらけ出せないという心の傾向がある事に気付きます。
肩や頭がくすぐったい方はまれですが、お腹がくすぐったい方は多いです。
からだの上の方にある感情は、さして生存や自分の根源に触れるものでもないし、公に晒しても良い自分の部分であるけれども、腹にあるものは嘘がつけないし、秘めている部分でもあるからでしょう。

そういう意味もあってか、腹の深部にある大腰筋と腸骨筋は、実は感情体と呼ばれる『アストラル体』との共振が強い部位です。
歌声は、大腰筋と横隔膜よって支えられる胸腔に響いてこそ豊かな倍音を生じ、聞くものの感情を揺さぶります。

からだはどこも大事ですが、決して『腹黒く』なることなくありたいものですね。
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by yuniwauta | 2006-08-07 02:52 | からだのはなし

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


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