蝶の舞う家
昨日に引き続き、子供の頃のぞいた異界録をもうひとつ
あれは確か、小学校の4年生くらいの時だ。
僕は家から自転車で5分ほどのところにそろばんを習いに通っていた。
ある雨の日のこと、いつもは海岸沿いの道を通っていたけれど、少し肌寒い季節だったので、海風を避けて山側の道を行く事にした。
この道は今までにも何度か通った事があるので、別段どうという気持ちはなかったのだが...
ふと何の気なしに、ある一軒の家の前を通りかかった時に、その家の庭に目が止まった。
平屋の木造で、壁には白いペンキが塗ってあり、赤レンガ色の瓦屋根の古い小さな家だった。
物干竿が家の前に立ててあって、庭には4〜5段くらいの植物棚があって、いろいろな花や盆栽等が置いてあった。
その庭に、白いポロシャツに青いズボンをはいて、分厚い眼鏡をかけた5〜60歳のおじさんが空に両手を広げて立っていた。
これだけなら普通に通り過ぎてしまったはずだが、僕は思わず自転車を止めた。
何故なら、そのおじさんの手の周りに、たくさんの蝶が飛んでいたのだ。
ほとんどは黒アゲハに見えたが、少し大きい。黒地の体にいろいろな色の文様が付いた蝶が、まるでおじさんの手に群がるように飛び回っていた。ざっと4〜50羽はいたと思う。
「よくこんなに蝶が集ってるなあ」と感心しながら、しばらくその庭の様子を眺めていた。
せいぜい2〜30秒の事だと思うが、僕はすっかりその蝶に見入ってしまっていた。
そうしてふと気付くと、そのおじさんがじーっと僕の事を見ていた。
「......」
一瞬、何か話そうかどうしようかと迷っていたが、そのおじさんは怒るでもない、笑うでもない、何とも微妙な表情をしてこちらを見ている。僕は「あの....」と言いかけたが、何だか急に怖くなって自転車を飛ばしてその場を去った。
自転車を走らせると、冷たい雨が体に当たった。その時気付いたのは、さっきの家の庭には雨が降っていなかった、夕日が沈んで間がない時のような薄明るい空だった。
戻ってもう一度確かめようかと迷ったが、おじさんに怒られるような気がしてそのままそろばんに行った。見てはいけないものを見てしまったような気まずさもあった。
帰りにでも確かめようとは思ったが、夜になってしまったので確かめることはできなかった。
それで明くる日、もう一度その家を探しに行った。
しかし、その家はどこにもなかった。
防波堤の角から、わずか300メートルほどの道だ、何度も何度も通ってみたが、白いペンキの家も、蝶の姿も、どこにもなかった。
それから2年近く、そろばんの時は毎回この道を通ったが、二度とあの家の姿を見る事はなかった。
この近くに住むお姉さんにその話をしたが、変な顔をされて「知らない」と言われた。
僕の記憶には、今でもありありとその情景が浮かぶのだが、それが何だったのか、どういう意味があるのか、未だに分からないでいる。
あれは確か、小学校の4年生くらいの時だ。
僕は家から自転車で5分ほどのところにそろばんを習いに通っていた。
ある雨の日のこと、いつもは海岸沿いの道を通っていたけれど、少し肌寒い季節だったので、海風を避けて山側の道を行く事にした。
この道は今までにも何度か通った事があるので、別段どうという気持ちはなかったのだが...
ふと何の気なしに、ある一軒の家の前を通りかかった時に、その家の庭に目が止まった。
平屋の木造で、壁には白いペンキが塗ってあり、赤レンガ色の瓦屋根の古い小さな家だった。
物干竿が家の前に立ててあって、庭には4〜5段くらいの植物棚があって、いろいろな花や盆栽等が置いてあった。
その庭に、白いポロシャツに青いズボンをはいて、分厚い眼鏡をかけた5〜60歳のおじさんが空に両手を広げて立っていた。
これだけなら普通に通り過ぎてしまったはずだが、僕は思わず自転車を止めた。
何故なら、そのおじさんの手の周りに、たくさんの蝶が飛んでいたのだ。
ほとんどは黒アゲハに見えたが、少し大きい。黒地の体にいろいろな色の文様が付いた蝶が、まるでおじさんの手に群がるように飛び回っていた。ざっと4〜50羽はいたと思う。
「よくこんなに蝶が集ってるなあ」と感心しながら、しばらくその庭の様子を眺めていた。
せいぜい2〜30秒の事だと思うが、僕はすっかりその蝶に見入ってしまっていた。
そうしてふと気付くと、そのおじさんがじーっと僕の事を見ていた。
「......」
一瞬、何か話そうかどうしようかと迷っていたが、そのおじさんは怒るでもない、笑うでもない、何とも微妙な表情をしてこちらを見ている。僕は「あの....」と言いかけたが、何だか急に怖くなって自転車を飛ばしてその場を去った。
自転車を走らせると、冷たい雨が体に当たった。その時気付いたのは、さっきの家の庭には雨が降っていなかった、夕日が沈んで間がない時のような薄明るい空だった。
戻ってもう一度確かめようかと迷ったが、おじさんに怒られるような気がしてそのままそろばんに行った。見てはいけないものを見てしまったような気まずさもあった。
帰りにでも確かめようとは思ったが、夜になってしまったので確かめることはできなかった。
それで明くる日、もう一度その家を探しに行った。
しかし、その家はどこにもなかった。
防波堤の角から、わずか300メートルほどの道だ、何度も何度も通ってみたが、白いペンキの家も、蝶の姿も、どこにもなかった。
それから2年近く、そろばんの時は毎回この道を通ったが、二度とあの家の姿を見る事はなかった。
この近くに住むお姉さんにその話をしたが、変な顔をされて「知らない」と言われた。
僕の記憶には、今でもありありとその情景が浮かぶのだが、それが何だったのか、どういう意味があるのか、未だに分からないでいる。
by yuniwauta
| 2005-02-08 23:22
| 幽玄閑話