ゆにわのうたひ

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アムピーオーンの竪琴

ゼウスとアンティオペーの間にできた双子の息子アムピーオーンとゼートスは、幼い子供を襲ってその命を奪おうとする様々な悪鬼から身を守るため、人里離れたキタイローン山中の羊飼い達によって育てられた。
アムピーオーンはヘルメスから竪琴を与えられ、彼は夢中になって竪琴を弾いた。
一方ゼートスは、実用的なものにしか関心を示さず、竪琴に夢中になっているアムピーオーンをあざ笑っていた。
しかし、二人がテーバイを攻め落とし市の城壁の補強工事を行った時、アムピーオーンは竪琴の調べによって楽々と石を動かし納めるべき場所へと納めていった、一方ゼートスのほうは自分の体を使って石を運ぶよりほかなかった。
かくして「七つの門を持つテーバイの城壁」は「音楽の力」によって建てられたのだ。

有名なギリシャ神話のテーバイ王アムピーオーンの神話だ。
この他にも音楽の力を著わした神話はいくつかあるが、中でも「音の力によって石を動かす」というものも実は世界各地にあるようだ。

未だ謎とされているピラミッドの建造法については、エドガー・ケイシーが彼の著述のなかで
「歌や詠唱によって建てられた」と語っている。
彼はその中で「ドルイドの僧侶達も、この方法を使ってストーン・ヘンジなどの巨石遺構を建造した」とも語っている。
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またミクロネシア連邦のポンペイ島に隣接するティムェン島にナン・マドールという海上都市遺跡があるが(写真)この島の伝説の中にも「ナン・マドールは歌によって石を浮かせて作った。」という話が語り継がれている。(正確には呪文とされている)

こうした話はあくまで神話の域を出ないのかもしれないが、僕は個人的には「あり得る」と信じている。

というのも、即興演奏をしていてある瞬間フッとチャンネルが変わる時がしばしばあるが、その時の体の感覚は「重さがない」つまり宙に浮いているような感じになるのだ。
実際には浮いている訳ではないけれど、これがもっと清浄な体と環境だったら少しくらい浮くのではないかとさえ思ってしまう。

体が疲労してくると何となく「体が重たい」とか「足が重い」とか、人は体感として肉体の重さを感じる。
一方整体などで体が解れると皆一様に「体が軽くなった」と感じる。
体内のエネルギーが円滑に流れると体感は軽くなり、しまいには宙に浮いたような感じにすらなるのだ。

またTM瞑想等でシダーと呼ばれるレベルに達した人は,わずかだがフライングという空中浮揚が可能になる。これは直接は音の効用ではないかもしれないが、体にはたらく重力というものはエネルギーの状態によって変化しうるという事のひとつの例証だ。

ちなみに子供が寝ていてピクピクっと動いたりするのを「活元運動」という。
大人でも随分疲れがたまった時、寝ててピクッとなった事はないだろうか?
僕はあれが始まると体が5センチくらい浮いて全身が飛び跳ねる。
まるでエクソシストだ。
隣に寝ている妻は堪ったものではない..(苦)

それはともかくずっと昔は今よりも空気や水もきれいで、地球環境自体にもっと精妙なエネルギーが満ちていたのではないかと思う。きっと石や木々なども、今よりももっと軽かったのかもしれない。
そんな波動の高い清浄な地では、歌や音楽でさえもエネルギーとして利用できたのかも...

もし現代でも音にこれほどの力があるならば、目の前にあるエネルギー問題など吹っ飛んでしまうだろう。
歌えば走る車、みんなで合唱してビル建築、機長の熱唱で飛ぶ飛行機....想像するだけで世界中歌でいっぱいになって、何だか楽しそうだ。
とはいえ、ジャイアン(by ドラえもん)のような熱唱では、草木が枯れてしまいそうだけど......

そういえば「ミュータント・メッセージ」という本の中に、あるアボリジニの青年が足を骨折したときに「骨に歌を聴かせて、もとの位置に戻した」というエピソードがあった。
意外と僕たちの暮らしている文明の外では、未だこうした力を利用する知恵が残っている場所もあるのかもしれない。

そうだ。この日本にも僅かながら残っているじゃないか!

「言霊」が......
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by yuniwauta | 2005-02-24 21:23 | おとだま紀行

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


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