ゆにわのうたひ

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カテゴリ:おとだま紀行( 36 )

宇宙のうぶ声

宇宙背景放射と呼ばれるものがあります。
宇宙のあらゆる方向から一様に降り注いでくる3K(零下270度)という黒体放射で、1965年にベル電話研究所のペンジャスとウィルソンという二人の研究者によって発見されました。

そのエネルギーの大きさや、非常に高い精度で一様、等方的であるという事から、これはビッグバンの時に熱く高密度だった宇宙の初期に発せられた熱(光)で、それが膨張するにつれて温度が下がり3Kまで冷えたのではないかと考えられています。

つまり「宇宙背景放射」とは、宇宙誕生時のうぶ声のようなものと捉える事ができます。
150億年かかって、ようやく到達した時には冷えてこんな温度になってしまった、という訳です。

宇宙について考える時、いつも不思議な気分になります。
あの星の光は、4万年前の光。
この星雲の姿は、3億5千万年前の姿。
そして、その背景には「宇宙背景放射」の150億年前の宇宙誕生時の光。

ただ星空を眺めていても、そこには宇宙創世からの時間の堆積が、一枚の星空として見えているんです。
よくよく想像してみると、これって凄い事じゃありませんか!

しかし、これを人間に置き換えると、
背中には二十歳の頃に事故った傷があり、
顔には思春期のニキビあとがあって、
50代にうっかりやった火傷の跡があるおじいさんの顔に、
何となく子供の頃の面影が残っている。
といった感じの事かも知れませんね。

しかし、余韻とはいえ150億年も鳴り響いている宇宙のうぶ声って、どんな音だったんでしょう?

ヨガの世界では神聖音「オーム」が、宇宙の根源の音であると言われています。
ヨガナンダの本を読むと、瞑想していると割合初心者でも「オーム」を聞く事ができるようになる。
と書いてありますが、僕はまだ未熟者でそんな音は聞いた事がありません。
それとも聞いているけど、それと分からないのかもしれない。

産まれてこの方、ずっと鳴り続けている音を聞き取るなんて.....
深海で産まれた魚が、水を知覚するようなもの。
でも、聞こえたらきっと、すごく懐かしい音なんじゃないかな?と思ってます。
胎の中の音のように。

↓ビッグバンから4〜8億年くらいたった宇宙の姿と言われている画像です。
ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド
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by yuniwauta | 2005-03-19 22:43 | おとだま紀行

植物は音楽を聴いている

c0037400_0403296.jpg「植物は音楽を聴いている」という話を聞いた事がないだろうか?

目も耳も口もない植物が音楽を聞く....一瞬あり得ない話のようだけど本当だ。
それどころか自分が切られるときは悲鳴もあげるらしい。
といっても「キャー!!!」という金切り声ではなく電気的な反応だ。


実際に植物に電極を付けて、葉の一枚を切り取ってみる。
すると電荷を測定する装置の針がビュンと揺れる。
今度は頭の中でもう一度切る事を考えると、まだ切ってもいないのにまたしても針が揺れる。
どうやら植物には、人間の考えている事が伝わるようだ。
普段同じ部屋で暮らしている人間だと、何キロも離れた所でその植物を切ることを考えても、やはり同様に針が揺れるのだという。凄い感応力だ。

日本でも藤枝守さんという現代音楽の作曲家が植物に電極を取り付け、その電気パルスを可聴音に変換した「植物文様」という作品を作っている。
氏の言によると植物は音波的には沈黙しているが、電気的にはとてもおしゃべりなのだそうだ。

電気パルスでなくても植物の成長を高速回転で見てみると「こいつらどこの星の住人だ?」と言いたくなるような不思議な動きをしている。ある蔓草の成長具合など僕の敬愛する舞踏家大野一雄先生の動きすら彷彿とさせる。
ディズニー映画で花がコーラスしたりしている様も、実は時間軸とセンサーを変えて見てみれば本当の事なのかもしれない。

と。こんな風にいつもはジーッとしているように見える植物達も、本当は生命力溢れるキャラなのだという事が分かった。こうなれば「植物が音楽を聴く」という事も、全然奇異な事ではないということが分かる。

この手の実験で有名なのはピーター・トムプキンズとクリストファー・バードの二人が行ったものだ。
彼らは鉢の近くにスピーカーを置き、様々なタイプの音楽をある一定時間聞かせて植物の成長度合いを調べるという観察実験をした。

結果は......

ハードロックや打楽器要素の強い音楽の場合は、はっきりとスピーカーから離れて逃げるような方向に成長したが、バッハやルイ・アームストロングのジャズ等の場合はスピーカーに近付くように成長した。
どうやら植物はロックがお嫌いだったらしい。

そして中でも最も顕著に植物が好んだ音楽はラヴィ・シャンカールの奏でるシタール、つまりインド音楽だったということだ。
この話を聞いてから家のパソコンの横にいるライム君には毎日たっぷりとインド音楽を聴かせている、成長が良くなったのかどうかは分からないが確かに元気はいい。

ちなみに菌類なども当然音楽に反応するようで、僕の実家の近くにある「キミセ醤油」というところでは、醸造過程でモーツァルトなどのクラッシックを聞かせて醤油を作っている。
どうもこうすると「味がよくなる」のだそうだが、この醤油確かにおいしい。

インド音楽を聞かせて育てた大豆を、モーツァルトで醸造なんて事になったら....

随分セレブな感じもするけれど....美味しい事は良い事だ。

キミセ醤油のHPはこちら→「キミセ醤油」
この中の「五穀芳醇醤油」というのが特におすすめです。
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by yuniwauta | 2005-02-26 00:32 | おとだま紀行

アムピーオーンの竪琴

ゼウスとアンティオペーの間にできた双子の息子アムピーオーンとゼートスは、幼い子供を襲ってその命を奪おうとする様々な悪鬼から身を守るため、人里離れたキタイローン山中の羊飼い達によって育てられた。
アムピーオーンはヘルメスから竪琴を与えられ、彼は夢中になって竪琴を弾いた。
一方ゼートスは、実用的なものにしか関心を示さず、竪琴に夢中になっているアムピーオーンをあざ笑っていた。
しかし、二人がテーバイを攻め落とし市の城壁の補強工事を行った時、アムピーオーンは竪琴の調べによって楽々と石を動かし納めるべき場所へと納めていった、一方ゼートスのほうは自分の体を使って石を運ぶよりほかなかった。
かくして「七つの門を持つテーバイの城壁」は「音楽の力」によって建てられたのだ。

有名なギリシャ神話のテーバイ王アムピーオーンの神話だ。
この他にも音楽の力を著わした神話はいくつかあるが、中でも「音の力によって石を動かす」というものも実は世界各地にあるようだ。

未だ謎とされているピラミッドの建造法については、エドガー・ケイシーが彼の著述のなかで
「歌や詠唱によって建てられた」と語っている。
彼はその中で「ドルイドの僧侶達も、この方法を使ってストーン・ヘンジなどの巨石遺構を建造した」とも語っている。
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またミクロネシア連邦のポンペイ島に隣接するティムェン島にナン・マドールという海上都市遺跡があるが(写真)この島の伝説の中にも「ナン・マドールは歌によって石を浮かせて作った。」という話が語り継がれている。(正確には呪文とされている)

こうした話はあくまで神話の域を出ないのかもしれないが、僕は個人的には「あり得る」と信じている。

というのも、即興演奏をしていてある瞬間フッとチャンネルが変わる時がしばしばあるが、その時の体の感覚は「重さがない」つまり宙に浮いているような感じになるのだ。
実際には浮いている訳ではないけれど、これがもっと清浄な体と環境だったら少しくらい浮くのではないかとさえ思ってしまう。

体が疲労してくると何となく「体が重たい」とか「足が重い」とか、人は体感として肉体の重さを感じる。
一方整体などで体が解れると皆一様に「体が軽くなった」と感じる。
体内のエネルギーが円滑に流れると体感は軽くなり、しまいには宙に浮いたような感じにすらなるのだ。

またTM瞑想等でシダーと呼ばれるレベルに達した人は,わずかだがフライングという空中浮揚が可能になる。これは直接は音の効用ではないかもしれないが、体にはたらく重力というものはエネルギーの状態によって変化しうるという事のひとつの例証だ。

ちなみに子供が寝ていてピクピクっと動いたりするのを「活元運動」という。
大人でも随分疲れがたまった時、寝ててピクッとなった事はないだろうか?
僕はあれが始まると体が5センチくらい浮いて全身が飛び跳ねる。
まるでエクソシストだ。
隣に寝ている妻は堪ったものではない..(苦)

それはともかくずっと昔は今よりも空気や水もきれいで、地球環境自体にもっと精妙なエネルギーが満ちていたのではないかと思う。きっと石や木々なども、今よりももっと軽かったのかもしれない。
そんな波動の高い清浄な地では、歌や音楽でさえもエネルギーとして利用できたのかも...

もし現代でも音にこれほどの力があるならば、目の前にあるエネルギー問題など吹っ飛んでしまうだろう。
歌えば走る車、みんなで合唱してビル建築、機長の熱唱で飛ぶ飛行機....想像するだけで世界中歌でいっぱいになって、何だか楽しそうだ。
とはいえ、ジャイアン(by ドラえもん)のような熱唱では、草木が枯れてしまいそうだけど......

そういえば「ミュータント・メッセージ」という本の中に、あるアボリジニの青年が足を骨折したときに「骨に歌を聴かせて、もとの位置に戻した」というエピソードがあった。
意外と僕たちの暮らしている文明の外では、未だこうした力を利用する知恵が残っている場所もあるのかもしれない。

そうだ。この日本にも僅かながら残っているじゃないか!

「言霊」が......
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by yuniwauta | 2005-02-24 21:23 | おとだま紀行

倍音の妙

楽器、特に生楽器には、実際に発音している音の中に「倍音」と呼ばれる周波数の成分があって、これが楽器の音色を決定する重要な要素になっている。

楽器演奏者の方ならほとんど経験があると思うが、この倍音が時に不思議な現象を引き起こすことがある。あるはずの無い音が聞こえるのだ。

僕自身の経験だが、夢中でピアノを弾いていたりすると、誰かが大声で呼んでいるような声が聞こえてきて 「お客さんかな?」 と思って手を止める。しかし確かめにいくと別に誰も来ていない、という事がよくある。
時に凄くはっきり 「すみませ〜ん」と耳の近くで聞こえてびっくりすることもある。

ヴィーナや琴等の弦楽器は更に顕著で、時々女の人が高い声で歌っているように聞こえる時もある。ロマンチックに「天使がやってきて一緒に歌ってるんだ〜!」と思うのもいいけれど、実際はこれらは倍音の仕業である。

これらは前出の「ロールシャッハ音」(意味の無い周波数の固まりを耳にしたとき、今までに経験したことのあるものに当てはめて知覚しようとする脳の働きがある。これを引き起こす「特定の意味のない音」のこと)の一種だが、場合によっては見事に人間の声として聞こえたり、単語として聞こえる場合もあって非常に面白い。

僕の知る中で、かなりこうした錯覚を生じさせやすい音源として「アーリーワークス/スティーブ・ライヒ EARLY WORKS/STEVE REICH」 がある。

この中に2曲ほど、短い1小節程度の音節を何度も繰り返し(ループ)させた二つもしくはそれ以上のテープを、ほんのわずかだけスピードを変えて同時に流す、といったものがある。

言葉では説明がし辛いが、音をシュレッターにかけたような、万華鏡の音バージョンのような不思議な音響が現出する。音源は、ある黒人の少年が白人にリンチに合った事を裁判で証言するにあたって、自分の傷口をもう一度開いて見せなければならなかった(COME OUT SHOW THEM)と語ったシーンの言葉。これが繰り返される。

はじめは言葉として聞こえていたものが、だんだんと複雑になっていって、しまいには声なのか、ノイズなのか分からない不思議な音になってゆく。実際英語の(COME OUT SHOW THEM)が繰り返されているだけなのに、日本語的にいろんな風に聞こえてくるのが面白い。


こうした、意図的に作り出された音響以外でも、こうした現象は日常しょっちゅう起こっている。ちょっと気にしてみると、意外とたくさんあるものだ。

今までで一番印象的だったのは、数年前に山梨の昇仙峡に行った時の事、ちょっとした瀬のところでおにぎりを食べていたら、どこからともなく陽気なおじいさんの歌が聞こえてきたのだ。

ちょっと都々逸というか、音頭のような歌だったので「近くでお祭りでもやっているんだな?」と思っていたのだが、付近を探してみても全くそんな様子がない。おかしいな?と思いながらさっきの場所に戻ると、また同じように歌が聞こえる。

近くにいた妻を呼んで聞いてもらったが、やはり同じ。「まるで太鼓腹の布袋さんみたいなじいさんが、半分酔っぱらって浮かれ調子で歌っている」ように聞こえると言った。
試しに一緒に歌ってみると、全く同じフレーズだ。

ではこの声は一体どこから?と探しまわったが、どうやら声が聞こえる場所は限られていて、ある場所以外ではただの瀬の音にしか聞こえない。さっきおにぎりを食べていた場所だけが、まるで異界への扉のように、「じいさんの歌」で満ちているのだ。

結局、水の瀬音に含まれる倍音が複雑に反射してある一点に集ったとき、それが「じいさんの歌」と似た周波数の集まりとなって聞こえたのだろう、という結論になった。

しかし、ここまで冷静に分析しても、やはりその音はまぎれもない「太鼓腹の酔っぱらいじいさんの歌」にしか聞こえず、僕たちはしばらくその場で、この不思議な歌を堪能させてもらった。

こうした現象が「仙人」や「天狗」等の伝承のもとになったのかどうかは定かでないが、物理現象として割り切ってもなお、この「主なき声」には底知れぬ魅力を感じてしまう。

きっと今も、誰もいない谷間の小さな瀬で、相変わらず酔っぱらった太鼓腹のじいさんが、あの歌を歌い続けているに違いない。

そして、世界中のいろんな場所に、誰にも聞かれることなく歌い続けている、無数の見えない歌い手がいるに違いないのだ。
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by yuniwauta | 2005-02-07 03:43 | おとだま紀行

太陽の音

あれは今から12年ほど前の事、
僕はその頃、学芸大学近くのCDの卸倉庫でアルバイトをしていた。
時給は安かったが、当時はバブル全盛期で、各メーカー売れ線以外の音源もどんどんCD
化して発売していたし、どんどん売れていた。
だから倉庫には毎日いろんなCDが入ってくる、結局働いても給料のほとんどを、またここで使い果たしていた。

そんなある日、メーカーから大口の新譜の入荷があった。
大型のトラックで、数万枚のCDが運ばれてくる。
暑い夏の日で、半分裸状態で何百箱の段ボールを運び込んだ。
終わると皆へとへとで、しばらく休憩。
こんなのは毎日繰り返されている、ごくありふれた日常に過ぎない。

ただ、その日は違っていた。

何の気なしに、荷物を滑らせるローラーに腰掛けて空を見ていた。
雲一つない日本晴れ、太陽は真上に輝いている。
すると突然、耳慣れない音が鳴り響いてきた。

「ん?」

はじめは単なる耳の錯覚かと思った。
疲れているし、ここ数日あまり寝ていないからボーッとしているのかも。
そう思って、気を取り直し、もう一度太陽の方を見た。

「ポカ....ポ..カ....ポカ...ポ....カ.....」

違う、やはり明らかに音が鳴っている。活字にするのは難しいが、あえて活字にするならやはり「ポカ....ポ...カ...ポカ.....」としか言いようのない音だった。

「昔から太陽が出てポカポカ〜なんて言うが、やっぱりポカポカって聞こえてたんだろうか?」

「ちょっと待て、これはヤバいんじゃないか?.......太陽が歌ってる?.........『未知との遭遇』じゃあるまいし.....」

「いや、やっぱり寝てないからだ。聞こえてなんかいない.......いや、やっぱ聞こえる....。」

あまりに突然のことに半ば頭が混乱しながら、それでも数分間、音が続いた。
ようやく気を取り直して、隣にいた友達に「太陽がポカポカ言ってる........」と声をかけたが、その時にはもう全く音は聞こえなかった。

あれから、一度も、太陽がポカポカ歌うのは聞いた事がない。
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by yuniwauta | 2005-02-05 21:55 | おとだま紀行

サウンド・オブ・サイレンス

時々ここは、もの凄く静かになる。

朝起きて、ふと思うのだ。「何か違うな?」、と。

今朝もそうだった。遠くで歴博の工事をしている重機の音はするけれど、それ以外はシンと静まりかえっている。鳥の鳴き声も、近所の人の声も、何も聞こえない。

人がたくさん集っている場所で、いろんなおしゃべりが飛び交う中、一瞬ふっと声が止むというのを経験したことがないだろうか?  ここでの静寂は、まさにあの瞬間が持続しているような感覚、「時間が止まっている」という感覚なのだ。

こんな日は、ただぼーっとしているだけでも、何となく気持ちいい。耳の奥では「シーン」という高い金属音のような、不思議な音が鳴り響いている。
こんな瞬間が僕は好きだ。

そもそも、僕が生まれたのは尾道、しまなみ街道をひとつ行った「向島」というところだ。そこがかつて「うたのしま」と呼ばれていて、僕の名前はそこから来ている。
この島の端に「歌」という地名の区域がある、僕はそこで育ったのだが、ここもそんな静寂がたちこめる場所だった。

海が近いので、夜眠ろうと布団に入ると、漁港から出てゆくポンポン船の音が、いつまでも聞こえる。山を2つくらい越えた先の車の音が、だんだんこっちに近付いてくるのが分かる。それくらい静かなのだ。そして、中でも一番大きく聞こえる音は、あの「シーン」という静寂の音なのだ。

「シーン音」に耳を傾けていると、いつしかこの音がものすごく大きくなる。時には微妙な音色の変化や、メロディーのようなものが聞こえる時もある。あるときはアフリカの部族の合唱みたいなのが聞こえたときもあったし、どこかの言葉のようなものが聞こえたこともあった。

こういう音の知覚現象は音響生理学で「ロールシャッハ音」というらしい。精神鑑定なんかに使われる「インクのシミが何に見える?」というテストがあるが、あれの音バージョンだ。
特に意味のない図形や音に触れたとき、人間の脳はそれを今までに見たり聞いたりしたものと関連付けて認識しようとする、その結果、何の意味もない周波数の固まりを人の声や、何か違った音として捉えるのだという。

これの最たるものは、何年か前に富士山に車で行ったときのこと、閉め切った車内で朝日が昇るのを待っていたのだが、あの時は「シーン音」が複雑な声部をもって重なり合い、一瞬ギターの音がしたように思うと次の瞬間それがオーボエに変わっていたりと、不思議な音響のオンパレードだった。あれから何度か富士山には行ったけど、後にも先にも、あんな凄いのは聞いたことがない。この体験は未だに僕の創造の源泉になっている。

しかし、そもそもあの「シーン音」の正体は何なのだろう?
神経のせい?スピーカーが通電したときのノイズのようなもの?はたまた宇宙からの電波?

ひとつ言えるのは、「脳を弛緩させるヒーリング」という手技を使っていると、この「シーン音」が強くなるということ。もしかしたら、脳の弛緩と、この音との関連は深いかもしれない。
頭が弛むと、レイキの通りも良くなる、天(宇宙)からのエネルギーを受けやすくなるのだ。

やはり、この音は「宇宙からのメッセージ音」なのかもしれない。
映画「コンタクト」ではないが、周波数解析などやったら面白いものが出てきやしないだろうか?
しかし、この音は実音ではなく、頭の中で鳴っているのだから、こういう解析のしようがない。それぞれ自分にしか聞こえない音で、聞こえているのだから.....

さて、今宵宇宙は何とおっしゃっているのやら.....
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by yuniwauta | 2005-02-04 21:43 | おとだま紀行

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


by yuniwauta
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