ゆにわのうたひ

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カテゴリ:幽玄閑話( 6 )

海のはなし

この季節になると、ふと思い出す出来事がある。

僕は尾道からしまなみ街道をひとつ行った『向島』で産まれ育った。
それこそ海は目と鼻の先だったから、夏休み等はほとんど毎日海に行ったものだ。
泳ぐだけでなく、釣りをしたり、海岸で漂着物を拾ったり....海は単に遊び場であるというだけでなく、身近な未知の世界の入り口でもあり、尾道水道を行き交う海外航路のタンカーや、見慣れぬ貨物船などを眺めて、日がな一日過ごしたものだ。

そんな幼少期だったからか、やはり夏はどうしても海に入らないと気が済まない。出雲に来てからは至る所に海水浴のできる浜辺があって、来はじめの年はどこそこの浜がいいと聞けば必ず行って泳いでみたりした。

仕事がそれなりに忙しくなってきた3年前の夏。
あまり休みがとれなかったせいで、この夏は8月に入っても全く海に入れていなかった。やっととれた休みは8月15日、いわゆるお盆のど真ん中であった。
後になって思えば『盆に海に入らない方がいい』と、よく田舎の迷信で言われているのを聞いた事があったが、その夏はとにかくクラゲが出る前に何とか海に入りたいという一心で、すっかりそんな事は忘れていた。
そして、車で少し行ったところにある鷺浦の海岸を目指した。

ここは砂でなく砂利の浜辺で、割と空いているのがよかった。
いつもは何台か車が停まっていて、それなりに泳いでいる人もいるのだが、その日は誰もいなかった。
『やはりお盆だからかな?』とは思いつつも、着替えをして、海に入った。
海が苦手な妻は浜辺で読書中、僕はそのままどんどん沖に泳いで行って、深くなる海底に時々潜ったりしながら、海を楽しんでいた。

2〜30分も過ぎた頃だろうか?
仰向けに浮かんで、くぐもった波の音を聞きながらぷかりぷかりと浮かびつつ、ぼんやりと子供の頃の海を思ったりしていた最中、ふと気付くと周りが随分にぎやかになってきたのを感じた。
子供達の声、親子連れだろうか?ワイワイ、キャッキャと遊ぶ楽しげな声が、波音の合間に聞こえて来た。
『今日は子供が多くてにぎやかだな.....』
と、思った瞬間、ハッとした。
『いや、さっきまで誰もいなかったはずでは!?!?』

そう思って起き上がると、やはり誰もいない。それに、いつの間にか随分と沖の方に流されている事に気付き、焦った..............慌ててクロールをして岸へと向かうが、何かに足を掴まれているような感じでなかなか進まない。(もちろん、焦っていたからではあると思うが....)
それでも何とかほうほうの体で岸辺にたどり着き、一応無事であったので、今この記事を書いている。

『お盆に海に入ったらいけないよ。足を引っ張られるから.....』
とは、誰の話だったのか?
それにしても、その声の楽しげであったことと言ったらなかった。
まるで遠足にでも行くように楽しげな子供達の遊ぶ声。
あのままボーッと浮かんでいたら、はたまたハーメルンの笛吹き男にさらわれた子供達さながら、パクリと空いた海のふちにでも飲み込まれてしまっていただろうか?

そんなこんなで危険ですので、お盆の海水浴はやめましょう、というおはなし。
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by yuniwauta | 2008-07-30 22:09 | 幽玄閑話

与平

久しぶりに思い出した。
あれは夢だったのか現実だったのか。

僕の実家の庭先に、昔小さな納屋があった。
4畳半の部屋がふたつ、廊下と風呂、便所、そして小さな土間の台所。
僕が幼い頃は、もうここには誰も住んでいなかったので「納屋」と呼んでいたが、もともとはじいちゃんやばあちゃんが若い頃に住んでいた家だった。

誰も住まなくなって随分になるので、屋根は崩れ、壁は穴があいて今にも倒壊しそうだったが、かろうじてまだその形をとどめていたので、時々中に入って遊ぶ事もあった。

古いタンスがカビだらけになっている。
昭和の初め頃の新聞の切り抜きや、壊れた木琴なども転がっていた。
そして、そこでひときわ目を引いたのが、壊れた柱時計だった。

その時計はねじを巻いてみても動かなかったが、まるで誰も住まなくなったこの家の時間と同じように、柱にかかったまま止まっていたのだ。

しんと静まり返った午後。
幼い僕はふと思いついた。
「あの時計の針を逆に回したら、この家の止まった時が動き出すんじゃないだろうか?」
僕はこの思いつきに驚喜した。

早速柱から時計を外し、ふたを開けて長針を逆に回してみる。

が、当然何も起こる訳はない。
ふとした思いつきの興奮から覚めてふーっとため息をついた。
そうして、ふと壊れた土壁の、組んだ竹の間から外を眺めた。

何かが違う。

普段ならそこにはイチジク畑が続いている。
壁の穴から、たわわに実をつけたイチジクの木が見えるはずなのだ。
なのに、そこからはやけに茶色い土と、乾いた草むらが見えた。

もう少しよく見ようと、僕は壁に近づいた。
やはりいつもと違う。
乾いた草むらの向こうには藁葺きの民家が見え、煙出しからもうもうと白い煙があがっている。
すると、人の気配がした。

背格好は痩せて、背中が少し曲がっている。
150センチくらいだろうか、随分小柄な印象だった。
歳は20代半ばくらいか?
色あせた絣の上っ張りを引っ掛けた、顔中にニキビがある薄汚い百姓が、壁の向こうからこちらを見ている。

「与平」

何故か、その名前が口をついて出た。
すると、その百姓は大慌てで壁の方に寄って来た。

「だんな様!だんな様!
お願いじゃけぇ、このことはお父ちゃんには黙っといてぇや。
わしゃ何でもするけぇ.....頼むけぇ....」

すると
「お前は早うおとっちゃんのとこへ帰れ!
おとっちゃん熱出して死にそうなんじゃ、早う帰れ!」
そう叫んでいる自分がいた。

心の中では分かっていた。
与平のお父さんはもう助からない。
そして、それは大層悪い病気で、与平も既にその病にかかっているのだ。
それはなす術もない。
可哀想だが、何もしてやれない。

その時、ボーンと鈍い音を立てて、柱の時計が鳴った。
その音に後ろを振り返ると同時に、僕は我に帰った。

今のは何だったのか?
もう一度壁の穴を覗いたが、そこにはいつものイチジク畑が広がっているだけだった。

それからは、怖くて二度と納屋には入らなかった。
それからしばらくしてその納屋は壊され、壊れた柱時計も壁の穴も、既に記憶の中にしか存在しないものになった。

しかし今でも、あの与平の薄汚れた顔は、僕の脳裏に焼き付いている。
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by yuniwauta | 2005-10-13 16:41 | 幽玄閑話

霊的な子供

自分もそうだったのでよく分かるのですが、子供はある程度の年齢までは夢と現実の狭間に生きています。
僕自身もむしろ現実よりも、自分の想像やイメージの世界の方によりリアリティを感じていた記憶があります。

保育に携わっている友人から聞いた話ですが、子供たちの中には10人に1人くらいの割合で何か目に見えないものを見たり、感じたりする子がいるそうです。
5歳くらいまでは、胎内や前世の記憶を持っている子も多くいるといいます。

人間は輪廻をしているという視点から見れば、人の魂は長らく”あの世”的世界で休息したのち、赤子としてこちらの世界にやってきて間がない存在です。
当然来たばかりの時は感覚器官も肉体も、コミュニケーションや思考を組み立てる能力も未分化な状態であるわけで、いわゆる「次元ボケ」している状態であるとも言えると思います。
この期間は現実的な世界よりもむしろ体もなくふわふわと漂っている次元の方が、ずっと心地よいかもしれません。

このような期間は、感覚も3次元より霊的な次元のほうに合いやすいのだと思われます。
実際、誰もいない壁に向かってケラケラと笑い続けている赤ちゃんや、見えないお友達の話をする子供の例を耳にした事があると思います。
彼らが一体何を見ているのかは定かではありませんが、明らかに何らかの「目に見えない何か」を知覚している事は事実でしょう。

しかし、この能力は通常成長と共に消えていきます。
体が成熟し、この世的な概念を受け入れていくにつれ、感覚のフォーカスが霊的世界からこちらの現実へと自然に移行するからです。。c0037400_237236.jpg

ただ、時にこの移行がスムーズでない場合があります。
いわゆる「霊感(媒)体質」と呼ばれる方々です。
中には感覚器官に独特の変異を持っている体質的霊媒タイプの方もいるようですが、多くの方は普通の人と何ら変わりません。
ただ、幼少期に「夢見がちな子供」であったり、友達と遊ぶよりも一人で「目に見えない何か」と遊んでいるようなタイプだったりします。
その多くが鍵っ子だったり、親があまりかまってあげないまま大きくなってしまったりと、幼少期にこの世界との接点をうまく形成できないでいたために、本来移行すべき感覚のフォーカスがずれたまま成長してしまっているのです。

以前別の記事でも書きましたが、霊的感覚はそれに対応できる霊性なくしては非常な不調和を生み出します。
強い霊媒体質の方の多くが、現実的にはどちらかというと不幸な人生を歩んでいる場合が多いという事実が、それを物語っています。

見えない物が見えたり感じたりするという「特殊能力」に、魅力や畏れを感じる傾向というのは誰にでもありますが、例えばこうした「霊的な子供」を持つ親や関わりのある大人たちは、こうした子供を決して特別扱いせず、普通の子供としてしっかりとこの世界に迎えてあげる必要があるのではないかと思います。

やはり一番大切なのは親とのコミュニケーションではないでしょうか?
こうした子供ほど、余計にその必要があるように思えてなりません。
毎日のスキンシップや会話、様々な物に触れたり感じたりすることを通して、この世界にしっかりと迎えてあげて欲しいと思います。
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by yuniwauta | 2005-08-24 23:09 | 幽玄閑話

消えたおもちゃ

夢で喧嘩した相手に朝会うと、何となく気まずい雰囲気になることがあるけれど、それでも大人になれば「あれは夢だったのに...何やってんだろ...」と思い直すくらいはできる。

しかし、子供の頃はそれがはっきり出来ない時があったように思う。
白日夢か夢か、はたまた想像なのか現実なのか.....
しかし体験だけは、あまりにも鮮明なのだ。

あれは僕が5歳くらいの頃だったと思う。

ふと、「そういえば、あのタンスの中に車のおもちゃがあるから、あれで遊ぼう。」と思った。

心の中には両親の衣装箪笥の一番下の引き出しの中にある、全長30センチくらいの黄色いボディに青いボンネット、赤い泥よけとホイールのついたクラッシックカーの鉄製のおもちゃが浮かんだ。

そして、ついこの間それをソファーの上で走らせて、随分長く遊んだことも思い出していた。
鉄製のボディーの冷たい感触も、タイヤのゴム臭さも蘇ってくる。

そうして箪笥の前に座って、喜び勇んでその引き出しを開けた。
「ない。」
もう一つ上の引き出しだったかもしれないと思い、上も開けたがやはりどこにも見当たらない。

記憶を頼りに、この間遊んだソファーの下や、サイドボードの中を探したがやはり見つからない。結局その日は一日中その車で遊んだ部屋を探しまわったが、最後まで見つける事はできなかった。

そうこうしていると母親が帰ってきたので
「お母ちゃん、あの車のおもちゃはどこ?」と聞いた。
が、母親はキョトンとして、一体何の事か分からないと言う。
車の特徴を話してみたがやはり心当たりがないし、小さい僕にそんな大きなおもちゃを買うわけがないでしょう?とも言った。

しかし、僕には釈然としないものが残った。確かに僕には記憶があるし、手触り、匂い、今だって鮮明に思い出せるのだ。ただ確かに、どこにしまったのかだけは思い出せない。

そうして晩ご飯の時、もう一度父親にもその事を聞いた。
父も「知らない。」と言った。
すると、母親がふと何かを思い出して、こんな話をしてくれた。

「そういえばお前が産まれる1、2年前、私の友達が『あなたの子供に...』といって車のおもちゃをくれたっけ。その頃はまだ妊娠すらしていなかったのでどこかにしまっておいたけれど、いつからか見えなくなって忘れていた。そういえば随分見ていないけれど、あれはもう何年も前の事だし、あんなに大きいものなら無くすはずもないのに変だなと思ってたのよ....」

聞いてみると、その車は僕の記憶の車に似ているようだった。

僕は一番下の引き出しでそれを見つけたんだ。ずっとあそこにあったんだよ、と言うと。
そんなはずはないと言って、父親が一緒に見に行ってくれた。

そこには父親の集めていた記念コインや切手等、カメラの部品がぎっしり詰まっていて、とてもそんな大きな物を入れるスペースがなかった。
そして「いつもここは開けているけれど、そんな目立つ色のものは見た事がないよ」
と言われた。



それからも何日か家中を探しまわったけれど、結局二度と見つける事ができなかった。
あまりにしつこいので親も探してくれたが、とにかくここ数年、見かけた覚えがないと言われた。

それから何年か経って中学校の頃、この事を思い出してもう一度くまなく探したが、やはりどこにも見当たらなかった。

未だにはっきりと覚えているのに、あのおもちゃはまだ見つからない。
何故か記憶だけは、異常に鮮明なのだ。
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by yuniwauta | 2005-02-15 22:25 | 幽玄閑話

蝶の舞う家

昨日に引き続き、子供の頃のぞいた異界録をもうひとつ

あれは確か、小学校の4年生くらいの時だ。
僕は家から自転車で5分ほどのところにそろばんを習いに通っていた。

ある雨の日のこと、いつもは海岸沿いの道を通っていたけれど、少し肌寒い季節だったので、海風を避けて山側の道を行く事にした。
この道は今までにも何度か通った事があるので、別段どうという気持ちはなかったのだが...

ふと何の気なしに、ある一軒の家の前を通りかかった時に、その家の庭に目が止まった。

平屋の木造で、壁には白いペンキが塗ってあり、赤レンガ色の瓦屋根の古い小さな家だった。
物干竿が家の前に立ててあって、庭には4〜5段くらいの植物棚があって、いろいろな花や盆栽等が置いてあった。

その庭に、白いポロシャツに青いズボンをはいて、分厚い眼鏡をかけた5〜60歳のおじさんが空に両手を広げて立っていた。

これだけなら普通に通り過ぎてしまったはずだが、僕は思わず自転車を止めた。

何故なら、そのおじさんの手の周りに、たくさんの蝶が飛んでいたのだ。

ほとんどは黒アゲハに見えたが、少し大きい。黒地の体にいろいろな色の文様が付いた蝶が、まるでおじさんの手に群がるように飛び回っていた。ざっと4〜50羽はいたと思う。

「よくこんなに蝶が集ってるなあ」と感心しながら、しばらくその庭の様子を眺めていた。

せいぜい2〜30秒の事だと思うが、僕はすっかりその蝶に見入ってしまっていた。
そうしてふと気付くと、そのおじさんがじーっと僕の事を見ていた。

「......」

一瞬、何か話そうかどうしようかと迷っていたが、そのおじさんは怒るでもない、笑うでもない、何とも微妙な表情をしてこちらを見ている。僕は「あの....」と言いかけたが、何だか急に怖くなって自転車を飛ばしてその場を去った。

自転車を走らせると、冷たい雨が体に当たった。その時気付いたのは、さっきの家の庭には雨が降っていなかった、夕日が沈んで間がない時のような薄明るい空だった。

戻ってもう一度確かめようかと迷ったが、おじさんに怒られるような気がしてそのままそろばんに行った。見てはいけないものを見てしまったような気まずさもあった。

帰りにでも確かめようとは思ったが、夜になってしまったので確かめることはできなかった。
それで明くる日、もう一度その家を探しに行った。

しかし、その家はどこにもなかった。
防波堤の角から、わずか300メートルほどの道だ、何度も何度も通ってみたが、白いペンキの家も、蝶の姿も、どこにもなかった。

それから2年近く、そろばんの時は毎回この道を通ったが、二度とあの家の姿を見る事はなかった。

この近くに住むお姉さんにその話をしたが、変な顔をされて「知らない」と言われた。

僕の記憶には、今でもありありとその情景が浮かぶのだが、それが何だったのか、どういう意味があるのか、未だに分からないでいる。
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by yuniwauta | 2005-02-08 23:22 | 幽玄閑話

金色のクラスメイト

ある研究者の談によれば、子供というのは7歳前後までは「夢の世界の住人」で、現実と夢との境界線が曖昧なのだそうだ。なので、何か周囲の刺激によって自分の中で想像した世界に没入して、完全にその世界の主人公として生きる事ができるのだ。

誰しも子供の頃に、「説明不可能な現象」に出会った記憶をいくつかは持っているのではないだろうか?

それらの事柄に様々な注釈をつけて、理論的に説明することもできるかもしれないが、こうした事に限って自分の体験として逆に現実よりも鮮やかに記憶されていることもある。

こんな事があった。

僕が小学校の確か2年生の頃、その頃学級委員をしていた事もあって、風邪等で学校を休んだ子がいると、見舞いがてら給食のパンと一緒にプリントなどを届けに、クラスメイトの家を訪ねたりすることがよくあった。何分小さな島のこと、だいたい誰の家がどの辺にあるか。自然に覚えていたものだ。

ある日、一人の女の子が学校を休んだ。その子は転校してきて間がなかったが、おとなしい子で、まだ話らしい話をしたことはなかったように思う。随分と熱が高いとのことで、いつものようにパンとプリントを持って、帰り道にその子の家に向かった。

その子の引っ越してきたところは新興住宅地で、前はだんだん畑だったところに2〜3ヶ月前から何軒かの家が建ち始めた中にあった。行けば表札で、その子の家が知れるだろうと思っていた。

その住宅地に向かって太い道路を曲がり、その一角にさしかかった時、何故かそこにあるはずの住宅はなく、真っ白いトレーラーハウスのような家が10戸ばかり、円を描くように止まっていた。

住宅はできて間がなかったこともあって、イメージがはっきりしていなかったので、ここはこういう所なんだなあと、さして違和感も感じずにその子の名字を探した。そして、一軒のトレーラーハウスにその表札を見つけ、ベルを鳴らした。

「は〜い」

そう言って彼女のお母さんと思しき人が家から出てきたが、瞳の色が異常にうすい茶色で、髪の毛も茶色、服も茶色、おまけに肌の色がおしろいを塗ったように白い。

少し妙な感じはしたが、別段気にするでもなく「給食のパンとプリントを届けに来ました」と言って、それを手渡した。すると、隣の家のドアが開いて、お隣の奥さんが出て来た、しかしお隣の奥さんは、髪の毛が緑色で、瞳が金色に光っていた。

気付くとあちこちの家から、誰彼となく人が出て来たのだが、皆髪の毛が紫色だったり黄色だったりしていて、何となく霧の中をふわりと漂うように、半ばうつろに歩いていた。

そんな周りの事はお母さんは全く気にかけない様子で、
「うちの子を呼んでくるから、ちょっと待ってて」と言って、家の中に消えた。

そしてしばらくして出て来たのは、例のクラスメイトの女の子....によく似ていたが、その子は髪の毛も、瞳も、服も、肌の色も皆、金色に光っていた。

「ありがとう、これお母さんがお礼にって...」

そういって、小さな黄色い仁丹のようなお菓子をくれた。

「早く元気になって、学校に来てね」

そう言って彼女の家を後にして、自分の家に帰った。

家に帰っている途中、ふと手の中の仁丹を見たが、それはこの辺りでは見かけないお菓子だった。食べてみるとものすごく酸っぱい味がした。

そうこうしている内に正気に戻ってきて、さっき自分が見たものが尋常なものではなかった事に今更ながら気付き、怖くなって一目散に家へと走った。

翌日、その子は学校に来たが、体は当然、普通の女の子だった。
帰り道にその子の家にもう一度行ってみたが、そこには白いトレーラーハウスなどどこにもなくて、ただの新興住宅地で、新築の家が何軒か建っているだけだった。

それからも何度かそこを通るたびに確かめてみたが、あの白いトレーラーハウスと不思議な住人の姿はどこにも見当たらない。

例の彼女にもその事について一度聞いてみようと思っていたのだが、何となく怖くて聞けないで二の足を踏んでいる間に、その子は転校して行ってしまった。
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by yuniwauta | 2005-02-07 18:51 | 幽玄閑話

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


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