ゆにわのうたひ

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カテゴリ:瞑想( 20 )

祈りの中に我を忘れよ

神在月の第一日目。
今日は朝から清々しい空気。
例年の事とは言え、今年はまた格別に空気がきれいな感じがしています。
大社は大遷宮の最中、本殿にも裏の素鵞社にもお参りはできませんが、十九社全てが開いており、東西の神様がお越しという事で、必ず全てに礼拝するのが常です。
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今回は何故か西側の十九社から礼拝、いつもと逆ですが、何となくそうしたくなりました。
手を合わせるとブルーと金色の光。涼やかな気分になりました。
東の十九社に移ると、また全然違った雰囲気で、こちらはオレンジとコーラルの間のような光でとても柔らかなイメージ。そういえば、出雲の男神を表すのは緑めのう(青石)で女神は赤めのうですが、まさしくそんなイメージ。
十九社全てに礼拝すると、東西合わせて38回、本殿、やその他の摂社末社にも参拝すればそれこそ礼拝しながらある種トランス状態になってきて、頭はボーッとし、何だかとても心地よい感じがしました。

このあたりでは、神在月の事を別称『お忌みさん』ともいい、この期間中は神様の会議があり、そのお邪魔をしてはいけないので、歌舞音曲は禁止されていたそうです。
とはいえ、生活圏でそういうわけにも行きませんので、僕自身は普通にピアノを弾いたりしていますが、やはり多少は意識して、この期間はあくまで奉納演奏するような気持ちでウォームアップなしで演奏します。

今日選んだのはロシアの神秘家として知られるグルジェフの音楽、彼の弟子であった音楽家のハートマンがピアノ譜に書き換えた聖歌集『HYMNS,PLAYERS AND RITUALS』でした。

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彼の音楽は非常にシンプルで、中世やルネサンスの音楽に似ています。時折、ペルシャ音楽やスーフィズムの香りがしたり、ロシア的な重厚な和音が響いたりしますが、どれも初見で弾けるような易しい曲ばかり。しかし、そうやって次々と弾いているうちに、気付くと深い祈りと静寂の世界に浸っている自分がいました。





『祈りの中に我を忘れよ』

とは、誰の言葉だったのか?
今日一日、ずっと心の中にこだましていた言葉です。
何かを特別祈るわけでもなく、何か目的をもってやるわけでもなく、ただ祈り続ける事。
聖なる自己、内なる神との対話、瞑想。
結局、全ての目的はここの帰するのだと、改めて実感した一日でした。


*写真は神楽殿をちょこっとミニチュア加工してみましたw
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by yuniwauta | 2009-11-27 21:07 | 瞑想

奇跡の復活

このところブログの更新も全く止まっておりました。
実のところ、3月半ば頃から、心身ともに大浄化の波が押し寄せてきまして、珍しく風邪は長引くし、メンタル的にも過去のフラッシュバックが起こったり、妙に過敏になったりする事もありまして、お仕事中は普通にできるのですが、終わるとパッタリと倒れてしまうような状態が続いておりました。

先の記事で、何年も前から温めていた『再生の時』についてやっと文章にできたと思った途端、我が身にも思いっきりこれが起こりました。

事のはじめは左股関節の痛み。今まで一度も痛くなった事はない場所でしたが、ここは精神的葛藤の未消化感情が蓄積するところ。深い悲しみやうつの記憶、恐怖心などが溜まっている場所です。
自分なりに解してみたり、レイキやヨガなど色々試みましたが、今回はまるで効果なし。痛みは日に日に酷くなり、しまいには風邪のような症状まで出てきました。
普段風邪などは半日もすれば治ってしまうので、こじらせるような事はなかったのですが、こんな時のために常備しているホメオパシーもフラワーレメディも今回ばかりは効果なし、もう出るものは出すしかないという状態でした。

そんなこんなで2〜3週間ほどの葛藤の日々。
今自分に何が起こっているのかを冷静に見つめる手段は瞑想だけでした。瞑想をしている間は、それでも比較的身体の症状もメンタルも落ち着くので、これだけが頼りでした。
そして、昨日と今日、僕の瞑想の師であるヨグマタさんの出雲ダルシャンツアーの日を迎えました。(いつもなら、出雲での開催のときは当ブログでもお知らせするのですが、不調でパソコンに座っている事ができなかったため、今回はお知らせできませんでした。)

昨日会場に向かった時は、既に力を出し切った後で、道は間違うし、時間は異常にかかるしで大幅に遅刻。セミナーの部屋に着いても尚、身体の軸がぐらぐら揺れるような感じで正直ちゃんと座ってすらいられないのではないかと不安になるほどでした。
それが、その時3度目の受講になるヒマラヤのクリア(行法)を行じさせて頂いた間に、身体に張りついていた粘つくエネルギーや、黒い煤の塊のような感情の渦が急激に解けて行き、ここしばらく体験できなかった深い静寂の時間が流れました。時にまた感情の渦がわき起こったり、背骨が勝手にミシッと音と立てて調整されたり、静かで激しい変化が内側で起こっていきましたが、3時間後の会場を出る頃には嘘のように身体が緩んでポカポカと温かくなり、急激にお腹がすいて、夜食をがっつけるほどになりました。左の股関節の痛みもほとんど無くなってしまったのには本当に笑ってしまいました。

そして、今日のダルシャン。
ダルシャンとは聖者との対面という意味で、インドでは、聖者に合う事ができると奇跡が起こったり幸福になれるというので、多くの方が聖者のもとにブレッシング(祝福)を求めて訪れます。
今回は家族連れでの参加者がとても多かったのですが、ヨグマタさんは気さくな感じで、会場に来られた一人一人に声をかけ、祝福を与えて下さいました。
僕たちは一応お手伝いをさせて頂いた役得(?)で、祝福のハグもして頂きました。
それはそれは、天にも昇るような心地とはまさにそんな感じで、少し残っていたのどのあたりのつっかえも一気に取れてしまって、昨日までのあの大揺れは一体何だったんだろう?と思うくらい、この2日間でまるで奇跡のような復活を遂げさせて頂きました。

今回出雲の方のお知らせができず、僕からは限られた方のみへのお伝えになってしまいましたが、このダルシャンツアー、この後
16日(木) 名古屋
18日(土) 高松
19日(日) 大阪
と続きます。

ご興味を持たれた方は是非
サイエンス・オブ・エンライトメントHPの方をご覧下さい。
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by yuniwauta | 2009-04-12 23:26 | 瞑想

『心を空っぽにすれば夢が叶う』

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僕の瞑想の師、ヨグマタさんが先月新しい本を発売されました。
タイトルは『心を空っぽにすれば夢が叶う』前作の『悟りへの道』はある種専門的な内容で瞑想やヨガの中級者以上向けといった感がありましたが、今回の本は広く一般の方にも読みやすく、かつ深い内容になっていておすすめです。
スピリチュアル・ブームのメリットとデメリット、最近とみに多い自殺などについてのお話や、サマディ・ヨギの目から見た転生や霊的世界についてのお話など、とても端的で分かりやすく書かれていて、スピリチュアルな学びをしている方、瞑想やヨガに興味がある方だけでなく、色々と悩みを抱える方や、問題の糸口を何か探している方にも、色々な意味で示唆のある本だと思います。
全国の書店やAmazonでも買えますし、当ゆにわでもある程度は在庫するようにしています。興味のある方はお問い合わせ下さい。

先週末、全国ツアーの一環でヨグマタさんが倉敷に来られたので行ってきました。
妻は更に深い瞑想秘法を頂き、僕はヒマラヤ・クリアのセミナーに参加。今回のクリアは初めてのものという事で楽しみにしていましたが、これが凄いのなんの...いつになく深いところに入って行き、自分自身が水になって解け、風になって空の世界になっていくような強烈なビジョンと至福感に満たされました。

僕自身、職業的に人の癒しに携わる者として、やはり自身のクレンジングは必須と思っています。肉体的にもエネルギー的にもハードワークなうえ、音楽もやっているので、余裕を持ってこれらの仕事を長く続けて行く為にも、こうしたセミナーや瞑想修行は自分にとって命綱のようなものでもあります。
ヒマラヤのメソッドは想像が及ばないくらい深いレベルでのクレンジングがされるので、日々のメンテナンスやエクササイズでは届かない、深いレベルのしこりを解いてくれます。正直、これがあるから、いつも安心して仕事に向かえていると言って過言ではありません。

ヨグマタさんは来年4月に、また出雲に来られます。
興味のある方、是非一度会ってみて下さい。何かが開けるかもしれませんよ!

ヨグマタさん主宰のサイエンス・オブ・エンライトメント
HPはこちら
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by yuniwauta | 2008-12-10 22:25 | 瞑想

泳的瞑想?

ボディワークの仕事もピアノの演奏も基本的に室内ばかりだし、ある程度全身を使うとはいえ、腕などの局所的な使用が多くなるので、時々バランスの悪さを感じる。
それでも、ヨガをやったり温泉通いをして、何とか調整しているつもりであったのだけれど、今年に入ってから、特にピアノの練習時間が増えた事もあってか、肩に痛みを感じるようになって、酷いと目が覚めるほどになってしまった。

そんな中、毎年夏になると海に繰り出すが、ひたすら泳いだり潜ったりしていると実に調子がいい。家に帰るとくたくたになってしまうのだけれど、やはり全身運動でもあるし、何故か島根に来てからやたら泳げるようになったので、単純に楽しくもある。
今年は何となくこの感触をキープしたくなって、3週間ほど前から近くのマリンタラソというところへプール通いをはじめた。
ここは、温海水プールで、水中エクササイズやらジャグジーなどもあって、歩き回ったりしているだけでも結構な運動になったりする。基本的にプールなので、塩素が入っているのが玉にキズだが、なかなか良い。

今は体力増強のためにクロールでひたすら遠泳。
18メートルのこぶりなプールだが、はじめは2〜3往復もすると苦しくなっていたけれど、ここ最近は10往復くらいは軽く泳げるようになってきた。
楽器でも何でも、やはり基本は脱力かなと思っている。
如何に無駄な力を使わずに、水の動きにも逆らわずに、心地よく泳ぐか。
別に競争をしたいわけではないので、スピードはどちらでもいい。こうやって泳いでいると、気付くと強ばっていた肩の筋肉が解れてきて動きが軽くなってきたので、これ幸いと思って足しげく通っている。

何となく無心になって泳げるといいなと思うのだが、意外と泳いでいても何かと思考が動くもので、それで今何往復目か分からなくなる事も多い。そんな中で、今日ふと瞑想のマントラを唱えながら泳いだらどんなだろうかと試してみた。
腕の動きに合わせて唱えたのだが、はじめは呼吸するのを忘れてしまってうまくなかったが、ちょっと慣れてくると実に調子がよくなってきた。
呼吸のタイミングも、足と手のバランスも、水の感触も非常に心地よくなってきて、気付けばいつもの倍近く泳いでいた。今の目標は1キロ。

こうやっているとつい欲がでてくる。
いつかドルフィンキックも習得したいのだが、やはり習わないと難しいかな?
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by yuniwauta | 2008-09-08 21:08 | 瞑想

ワンデイ後記 & 7月6日ヨグマタの出雲ツアーのお知らせ

昨日は僕の瞑想の師であるヨグマタの元で修行中のジャナキさんをお迎えしてのワンデイセミナーを当ゆにわで開催しました。
あまり大きく告知しなかったにも関わらず、20余名の参加者があり、終始和やかな雰囲気のとても良い会でした。

このワンデイセミナーについては、なかなか言葉では説明できないような感覚があります。
セミナー自体にはヨグマタご本人はいらっしゃらないのですが、あくまでヨグマタのご意志の下で行われているセミナーで、会場にはヨグマタの意識が向かってきます。
すると、本当に不思議な事ですがこうして意思を向けられた空間は、聖者のエネルギーで満たされるのです。
今回も敏感な方は何かいつもと違う感じを覚えられたようでした、僕自身はいつも住んでいる空間ですから尚更でした、セミナーを終えて一日経った今でもまだその空気が残っています。

プログラムはどれもそれぞれ充実感がありました、主催の特権で終始傍らでエネルギーを感じさせて頂きましたが、最後のクリパディクシャ(クリバ”架け橋...の意味”)という、今回はジャナキさんが導管となって聖者のエネルギーを伝えるセミナーの時など、僕自身は受けずに子守り役兼、宅急便等の突然の訪問者が無いように玄関近くで待機していたのですが、それでも強いエネルギーがぐぐっと浸透してくるのが感じられ、いつしか深い瞑想状態に入っていました。


気がつくと、瞑想は僕の人生にとって無くてはならないものとなりました。
瞑想して何がいいんですか?とか、瞑想して何が変わりますか?とか、いろいろと聞かれる事も多いですが、こればかりは、ご自身で体験して頂くより他ありません。
瞑想の体験や効果はそれぞれ違いますし、多くの体験談を羅列する事は参考にはなりますが、結局自分自身が体験する事とは全く違います。

瞑想を正しく効率よく進めていくには、やはりその道をよく理解されている先生が必要です。僕も以前は本等で聞きかじったやり方で我流の瞑想をしていましたが、ちゃんと指導して頂いてからのそれは、もう全く雲泥の差....というか次元が違うというか.....
それは全く質の違うものでした。

そんな中で、来る7月6日、ヨグマタご本人が再び出雲に来られます。
昨年からちょうど丸1年振りの来出となります。
瞑想に興味のある方、自分自身をもっと成長させたい、自分をもっと理解したいと望んでいる方には絶好の機会です。是非、この機会に自分だけの瞑想法を頂いて、本当のスピリチュアルな旅に出かけて頂きたいと思います。

場所はホテル宍道湖 <HP>
になります、プログラム参加のお申し込みや詳細については、直接サイエンス・オブ・エンライトメントの方にお電話して下さい。
サイエンス・オブ・エンライトメントのHP
電話 09-5773-9870 (受付時間 12時〜21時)

当ゆにわでもリーフレーットが届き次第、告知します。
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by yuniwauta | 2008-05-26 23:21 | 瞑想

ヨグマタ相川圭子氏 全国ダルシャンツアーのお知らせ

僕の瞑想の師であるヨグマタ(相川圭子氏)による、夏の全国ダルシャンツアーが間もなく開催されます。今回は全国8カ所で、出雲にも7月7日の七夕に来て下さいます。出雲でのツアーに関してはいつも通り『ゆにわ』の方でもお手伝いをさせて頂く事になりました。


今回は午前中の講演会が『アヌグラハダルシャン』というプログラムに変更になりました。
『アヌグラハ』とは、悟りのステージにまで到達した聖者のみが与える事のできるエネルギーで、『ダルシャン』とは聖者との出会い、祝福を頂く事を意味します。
インドでは古くからこうした聖者と共に座り、瞑想する事で多くの浄化や変容が起こり、幸福への道が開かれると言われています。

僕自身はここで瞑想法の伝授を頂いてかれこれ5年目になりますが、以前はとても疲れやすく時々ダウンしていたのが、もう全くといっていいほど無くなりましたし、頭が軽くなってアイデアや考えをまとめるのに苦労しなくなりました。
何より、何にもしていないのにずっと幸福感があるんですよね。
瞑想の恩恵によって生活のあらゆる側面で充実と幸福を頂いている実感があります。

もちろん自分自身を見つめていく、清めていく作業ですから、道のりの最中ではいろいろな古い想いや感情などもたくさん出てきますし、そういう時はなかなかキツい時もありましたが(笑)日常の中で何もせずに静かに座り内側を見つめるという時間は、忙しく情報過多の現代人に一番欠けている、しかし大切なもののように思います。

しかし、いろいろな技術などを習得するには先生がいるように、やはり瞑想もちゃんとした先生がいるといないとではその質が大きく違ってきます。
ヨガやスピリチュアルな学びをする上で、自分のグル(師)を求めてインドや世界各地を訪れる方も多くいます。
僕自身もそのような学びの途上で、縁合ってヨグマタさんに出会ったのですが、ヨグマタさんは日本人女性にして、ヒマラヤ聖者からの祝福を受け、サマディ(悟り)のステージまで到達された希少な存在です。現存するシッダーマスター(ヒマラヤの聖者の中で、真のサマディというステージに到達した方という意)であり、日本にいながらにしてヒマラヤの深い叡智を学ぶ事ができる希有な機会です。

瞑想に興味のある方、スピリチュアルな学びを求める全ての方にお勧めします。


午前中の『アヌグラハ・ダルシャン』は参加費1万円で、どなたでもご参加いただけます。
午後は会員用プログラムとなり様々な瞑想法伝授や、秘法公開があります。(参加費用が別途かかります。各プログラムの詳細やお問い合わせ、申し込みは

サイエンス・オブ・エンライトメント
 03-5773-9870 (受付時間12:00~21:00)
まで、お電話にて。


各地の予定は以下の通りです(各地の会場の詳細は会場名からリンクしています。)

◇2007年夏の全国ツアー
【日程・会場】 

7月3日(火) 金沢
   石川県青少年総合研修センター(ユースパルいしかわ) 
     金沢市常盤町212-1 Tel:076-252-0666 

7月5日(木) 静岡
サイエンス・オブ・エンライトメント静岡

7月6日(金) 倉敷
  倉敷市芸文館   
     倉敷市中央一丁目18-1 Tel:086-434-0400

7月7日(土) 出雲
  松江レークサイドユースホステル
     松江市古曽志町1546 Tel:0852-36-8620

7月8日(日) 大阪
  ホテルアウィーナ大阪 3F芙蓉の間
     大阪市天王寺区石ヶ辻町19-12 Tel:06-6772-1441

7月10日(火) 仙台
  仙台市青年文化センター
     仙台市青葉区旭ヶ丘3-27-5 Tel:022-276-2110

7月12日(木) 名古屋
  愛知県一宮勤労福祉会館 アイプラザ一宮
     一宮市若竹三丁目1番12号 Tel:0586-77-6612

7月16日(祝) 福岡
  宗像ユリックス
     宗像市久原400番地 Tel:0940-37-1311


たくさんの方のご参加、お待ちしています。
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by yuniwauta | 2007-06-19 21:20 | 瞑想

サマディツアー体験記<10日目 最終日 アグラ>

長かったツアーも、いよいよ最終日となった。
ブッダガヤから寝台特急でツンドラまで行き、そこからバスでアグラへ移動。
ツンドラ駅に到着したのは確か明け方3時半くらいで、アグラに着いたのは5時頃だったと思う。
アグラは、また今までと違った雰囲気だったが、遠くでコーランが聞こえたせいかもしれない。
今日は所謂インド観光のメッカ、タジマハールとアグラ城。

と、ここで写真の一枚でも貼りたいところだが、タジマハールの検問は厳しく、写真が撮れなかった。
入り口でボディチェックもされる、テロに対する警戒で飲み物、電池類、ナイフ類、携帯電話なども全部持ち込み禁止。
しかし、デジカメ等はOK。これを禁止したら観光客が減るからだろう。
僕は携帯のカメラで写真を撮っていたので、ここでは何も撮れなかった。

確かにタジマハールは均整の美で、豪奢な装飾と総大理石の建物は圧巻だった。
しかし、ここはとある大金持ちが、亡き妻のために造った墓所であり、今まで通ってきた祈りの場とは少し趣きが違うように感じた。
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ただ、建物の中は天井が高く、そこにいる人々の発する音が反響して、まるで天から音が降って来るように感じられた。(ちなみに写真はアグラ城)
数羽の鳩が、建物の中を飛んでいたが、イスラム様式の美しい文様に、この鳩たちの動き、そして天から降って来る音響効果が加わって、しばらく中にいると少し酩酊したような感覚になった。

長い残響と、入り口から入って来る淡い光。
そこには、日常にはない異世界への扉が隠れている様に思えた。



その後アグラ城へと向かった。
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ここも中は絢爛豪華、繊細で緻密な象眼細工と建築美、その当時の富と技術の結集した素晴らしい建物に見えた。
数世代に渡って増築改築を繰り返して、その時々の権力者の好みに合わせて建物が造られているので建築史的には非常に興味深い建物なのだろうと思った。


ところが、ここに来て自分の心が妙に冷めているのを感じた。
確かに素晴らしい工芸美だし、その時々の最高の材料と技術が投入されているであろう事は感じられた。
しかし、これを造る事で、どれだけの人が幸せになったのだろう?
先のタジマハールも、ある一人の女性のために夫が送った愛の象徴といえばロマンチックではあるけれど、こうして贅沢の限りを尽くした建物は、その権力の下で成された非人道的なまでの搾取の結晶でもある。
一人の幸福のために、ここまでやる必要が果たしてあったのだろうか?と思ったりもした。

一番最初にデリーで訪れたビルラ寺院は、やはり大理石で造られて立派だったが、そこには当然ながら個人所有の感覚はなかった。
神様に捧げるためにただ最高のものを用意しているだけであって、それは誰かの権力や富を誇るものではなかった。
ビルラ寺院の造りはここよりもはるかに質素であったけれど、柔らかくて丸いイメージであらゆる人を受け入れるような寛容さがあった。

このツアーの中で、訪れたり出会ったりした人々の中に、質素の内にある神殿を幾つも見て来た。
見かけはぼろを纏っていたり、大して立派な服を着ていなくても、その人達の内側には侵し難い高貴さが滲み出ていた。
しかし、今目の前にある立派で豪奢な建物は、見かけは確かに立派で素晴らしいのだけれど、その裏には人間の業欲と権力への冷徹な響きを感じた。

つまるところ、ここに自分の選択を見たような気がしたのだ。

『感覚的なものや物質的なものは、たとえそれがどんなに素晴らしいものだとしても、所詮全て外側の事柄に過ぎない。
それは本当の自分自身とは何の関係もないから、仮に一時得られたとしても、それはやがて崩壊し、自分の手からは離れてしまう。

しかし、内にある宝石は、決して失われる事がない。
それは存在そのものが本来持っているクオリティであって、誰かから奪えるものでもないし、また害されるものでもない。』

そんな事を、何かの本で読んだのを思い出していた。
アグラ城を後にしたバスの中で
『お前はそのどちらを選ぶのか?』と内側に問いかける声を聞いた。

『両方を。 しかし、物質的なものについては執着はせずに。』
それが当面の答えだと、今は思う。

その後、ドライブインにてこのツアー最後のインドでの食事。
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トマトスープ、レンズ豆のカレー、グリーンピースとカリフラワーのカレー、ジャガイモのカレー、ほうれん草のカレー、チーズ入りのトマトカレーに生野菜、ナンとライス。

ツアー中食べた料理は、どれも辛さはマイルドで、それはそれでお腹を壊さなくて良かったのだけれど、せっかくなので『最後に思いっきり辛いのが食べたい』とお願いしたら、青とうがらしのスライスが数本分出て来た。
現地でも辛いのが好きな人はこれをかじりながら食べるらしい。
かじってみたが、めちゃくちゃ辛い。
でも何とか2本分くらいは食べて、一応満足した。

そうして、旅は終わった。
最後にお約束の蛇おじさんになって、インドの想い出は少しセピア色になった。
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by yuniwauta | 2007-02-28 23:54 | 瞑想

サマディツアー体験記<9日目 その2  ブッダガヤ>

午後はブッダが悟りを開いた地、ブッダガヤへ
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さすが仏教最大の聖地であるし、同時に観光名所でもあるので、人が多い。

この時期は、ちょうどチベタン仏教の祭典があるとかで、かなり多くのラマ僧やチベット人らしき方々の姿が見えた。
チベット系はモンゴリアンなので、ちょっと色黒の日本人みたいで親しみが湧く。

靴を脱いで、参拝。
まずは大塔、もう何度も修復されているので、結構新しい。
独特の造形、ピンクとグレーの配色が柔らかい。



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<<その中には金箔を張られたブッダの像。
これが本場の仏像なんだなと改めて見入る。
像はふくよかで、苦行の跡もない若きブッダの姿に見えたが、実際はどんな顔で、どんな声をしていたのだろうと思う。
ここでも礼拝の方々が所狭しと並んでいる。
やはりチベット系の方が多かったが、座ってお経を唱えている人もたくさんいた。
聞こえる言葉のせいか、日本のお寺とはちょっと違う響きがした。


そうして、参拝の跡は塔の裏側に回り、例の菩提樹の下で悟りを開いたとされる金剛宝座へ。
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綺麗な装飾がされた柵に囲まれて、大きな菩提樹と、赤い布が敷かれた座が見えた。
ここが、仏教の始まった所なのだ。

ここで短い時間ではあったが、全員で瞑想して祈りを捧げた。
静かに目を閉じてこの地に残るブッダの息吹を想う、その時は多くの巡礼や観光客の声があったが、それよりも印象的だったのは樹々の間をそよぐ風の音と、瑞々しい鳥達の声だった。
『楽園』という言葉が浮かんだ。
ブッダはこの地で49日間の瞑想の後、悟りを開いたと言われている。
その時も、こんな風に鳥達の声が聞こえたのだろうか?
ここでの瞑想は、どこか懐かしい気持ちを起こさせた。
ずっと幼い頃に訪れた風景に似ているような、どこかで聞いた事がある音風景のような気がした。

ここは、以前はもう少し中まで入って礼拝ができたらしいが、以前日本の某カルト教団の教祖が禁戒を破って乱入して大問題になり、それから柵ができて立ち入り禁止になったと聞き、残念に思った。

<<<<<ここからは余談。>>>>>

ブッダガヤは入り口からお土産を売る店が所狭しと並んでいてお祭りの様に賑わっていたが、バスから降りる直前にガイドさんからこんな話をされた。
『皆さん、ここの物売りさんは、今までの物売りさんとは次元が違いますよ...』
相手は日本語ペラペラで、こちらが話してる事は全部分かる。商売の邪魔をする訳にもいかないので、ガイドとしても助け舟は出せないとか?
しかし、結構前から購入を検討していたチベタンのシンギングボウル(木の棒で擦って鳴らすお鈴)や仏教法具が色々と売られていた。チベタン系は以前から好きなのでどうも惹かれてしまった。
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<<これが収穫の品。音は良い。

ツアーも終盤に入り、気分も良かったし、始めて自分用にお土産を買う気分になった事もあったので、少し財布のひもが弛んでいたなと今は思う。
値段はご想像にお任せするが、日本で買うよりは当然安いけれど、現地価格からすれば相当なふっかけだったに違いない。

始めは日本で売られている価格くらいで言ってきたので、その5分の1くらいの値段を言うと『それでは安過ぎて商売にならない』と言って断られた。
ならば仕方が無いと思って一時諦めたのだが、後でわざわざ駅まで追いかけて来て『せっかくの機会だからそれでもいい』と言って売ってくれた。
旅の想い出として何となく嬉しい気分になったので結局買ったのだが、よくよく考えてみたらやはり随分高かったなと思っている。

インドでは買い物等でよくこうやって『騙された!』という話が多いのだけれど、実際大した額面でもないのだし、目くじらを立てるほどの事ではない場合も沢山有ると思う。
要するに例えばこれが本当にシンギングボウルなのか、もしかしたらただの真鍮製の洗面器(?)なのかも分からないのだけれど、その音が気に入って、その価格でその時納得して買ったなら、それが自分にとってはその物の値段なのだ。

今このシンギングボウルはセッションで時々使っている。
うちに来たら是非音を聞いてみて欲しい、さて幾らの音がするだろうか?
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by yuniwauta | 2007-02-27 23:13 | 瞑想

サマディツアー体験記<9日目 その1 霊鷲山>

ラジギールのホテルはその名も『ホッケホテル』
c0037400_21131864.jpg法華経が説かれた霊鷲山の麓にあり、元々は日本の企業が建てたが今はインドの会社が管理しているとか。
ここの部屋は何と和室。
料理は和食中心で、部屋には浴衣、大浴場付き。
多少腹具合が気になっていたこの頃、おかゆに梅干しというのは有り難かった。
それでも、インドではやはりカレーが美味しいので、結局最後にはカレーを食べたくなった。

その上、畳に敷かれた布団は良く眠れ過ぎてモーニングコールが聞こえず、早朝出発時には皆さんをお待たせしてしまった。



この日の行程は、密かに楽しみにしていた霊鷲山。
徒歩で15分くらい登った所に少しひらけた場所があり、その上に礼拝所があった。
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礼拝所に近づくにつれ、独特の聖なるエネルギーを感じて来た。
岩は見た目にはゴツゴツしているのに、足の裏には柔らかくどこか温もりさえ感じられたのは不思議だった。

ブッダはこの地に長く住んで、シャーリプトラやアナンダといった弟子達に有名な『法華経』をはじめとする多くの説法を行ったと言う。

僕の実家の裏山にお寺があったが、あそこで唱えられていたお経も、元をたどればここで説かれたブッダの言葉なのだ。
そう思うと、この遠いインドの地と自分の幼少期の記憶とが繋がり溶け合っていくようで、妙に親しみが湧いて来た。

ここで一人の男が説いた言葉が、仏教という名で世界中に広がっていったのだ。
つい先日のクンムメラの事が思い出された。
紀元前から、多くの聖者を育んできたインドにあって、当時も多くのセイントがいたはずなのだが、何故ブッダの言葉だけが特別にこのような広がりをみせたのだろう?
頭の中に世界宗教の始まりと、それ以前の事が浮かんできた。
仏教以前と以降、そこで人類の意識は、どう変化したのだろう?

早朝の聖地の空気は、そんなとりとめもない考えにふけるのに絶好だった。

そうしてここで、ご来光を待ちながら朝の瞑想。
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内側でどんどん拡大していくイマジネーションの最中、朝日に照らされた額に熱を感じた。
それは穏やかな風のように体に染み込んで来て、山を降りる時は体がとても軽かった事を覚えている。

この後、ブッダが悟りを開いた地、ブッダガヤへと向かった。
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by yuniwauta | 2007-02-23 22:02 | 瞑想

サマディツアー体験記<8日目 ナーランダ大学、ラジギール>

早朝パトナの駅に到着。
ここはアラハバードとは随分雰囲気が違った。
このパトナのあるビハール州はインドで一番貧しい州だと聞いたが、ちょっと街にストレスを感じた。
人は多く活気があったが、何となくすれ違う人の感じが今までと違った。
そうこうしていると物乞いのおばちゃんが急に腕を掴んできて『マニ〜!マニ〜!』と叫んできた。
この旅でもいろいろと物乞いには会ってきたけれど、この人はちょっと積極的というか乱暴というか...咄嗟の事だったので、思わず腕を振り払ってバスに乗り込んだ。
何となく自分も荒っぽい態度をしたように思えて胸が痛んだが、かといって同情したって仕方がない。
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カーストの名残りでもある乞食はインドの大きな問題の一つだという。
何せ世襲で乞食をやってきているので、労働をして収入を得るという感覚が無いのかもしれない。

ガイドさんの話によると、政府が一時乞食を一掃しようと無料の公共住宅を貧民層に提供した事があったのだが、彼らはその家を売ってお金に替えてまた乞食に戻ってしまうのだそうで、染み付いたライフスタイルはおいそれとは変えられないようである。

またインドではバクシーシーといって、お金のある人が貧しい人に施しをすると功徳が積めるという考えがある。
逆に考えれば乞食がいるから金持ちは功徳が積めるのであって、そういう思想が乞食の存在理由にもなっていたりするそうだ。

そんな事を考えながら市街を過ぎる。
確かに歩道のスペースに布を張っただけのテントで暮らしている人が目に付いた。
ただ、いくら貧困でも食料は安く何とかなるので、一昔前のように飢えで死ぬ人は少なく、行き倒れの死因の多くは暑さだという話を聞き、少し安堵する。

バスはその後、ナーランダ仏教大学跡へ。
有名な仏弟子のひとり、シャーリプトラの生まれた村にあり、かの玄奘(三蔵法師)も、この地で仏教を学んだという場所である。
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かつては仏教を学ぶために1万人以上の人が滞在していたという、見渡しても結構な規模。
この部屋は瞑想のための部屋だと言うが、中に入ってみると、当時の修行の空気感がまだ残っているように思えた。

1193年にトルコイスラム勢力によって、この大学は破壊されてしまったので、今は僅かな跡地のみが残っている。
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その後、入り口にあった菩提樹の下で瞑想。
ブッダの旧跡はどこも緑が綺麗ですがすがしい。
ここでの瞑想も、穏やかな風に吹かれながら、しばし当時を想いつつ静かな時を過ごした。


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午後はラジギール。
竹林精舎、温泉精舎を訪れ、再び瞑想。
ツアーも終盤に差し掛かり、少しゆったりモードになってきた。
瞑想中、はたとブッダが弟子達と共にそのあたりを歩き回っている光景が目に浮かんだ。
ゆるやかな笑みをたたえて、静かに歩くブッダの姿。
落日の陽に照らされて、あたりは橙に染まってゆく...



季節外れの蚊が太ももを直撃してきたので、この美しいビジョンは一瞬で醒めた。
どこかでインプットした『インドで蚊に刺される = マラリアの危険!』という公式が脳裏をよぎったが、噛まれたものは仕方が無い...

即座にふくれた皮膚に親指の爪でバッテンを書いて、南無妙法蓮華経と唱えたのは言うまでもない。
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by yuniwauta | 2007-02-22 21:13 | 瞑想

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


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