ゆにわのうたひ

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久々に黄色くなってきます。

明日から九州です。
久々にイエローマングループの公演、九州で黄色くなってきます。

最近は自前シンセを持ち込んでいるので決して軽装ではないのが玉にキズ。
バカでかい76鍵用のフライトケースは決して軽くありません。
これ、以前ベルリン行きのオファーを貰った時に「いずれ海外にも持って行けるように...」と購入した代物ですが.....結局その話はボツになり、悔しいのでそれからずっと使っています。

かといってステージでハンドロールピアノって訳にもいかないし...
クオリティの高い舞台を提供するためには、多少の筋力は必要なのだと自分を励ましてます。

さて、今回のイエローの詳細ですが
7月2日(土)長崎
主催:長崎子ども劇場青年ブロック実行委員会
場所:メルカつきまち(長崎市電「西浜町」より徒歩3分)
開場…18:30
開演…19:00
一般入場…2500円(前売り2000円)。未就学児入場不可。

3日(日)佐世保
主催:佐世保子ども劇場
場所:アルカスSASEBO(JR佐世保駅徒歩5分)
開場…18:30
開演…19:00
一般…2000円(中高生1500円)。小学生以下入場不可。

お問い合わせはアフタフ・バーバンまで。

お近くの方いらっしゃいましたら是非どうぞ!
では、行ってきます。
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by yuniwauta | 2005-06-30 22:28 | インプロ

今日は誕生日でした。

ははは。
ようやく35歳になりました。
だいたい実年齢以上に見られているので自分でもこの年齢が若いのか歳なのか分かりません。
でも、今年は思いがけずいろんな方々からお祝いのメッセージや贈り物を頂きました。
この場を借りて、ありがとうございまーす!

自分でも自分に滋養を与えようと、今日は仕事のあと「タリス・スコラーズ」のコンサートに行ってきました。
プログラムは中世の声楽曲ですが感動しました。
彼らの十八番でもあるアレグリのミゼレーレなんか涙もんです。
天上のハーモニーとはよくあるタタキですが、掛け値無くそんな形容詞がまさにぴったりの歌声。
あの一曲を聞けただけで、もうありがとうでいっぱいになりました。

古典声楽はCDでは聞いていましたが、生では初めて。
今回驚いたのは、皆さん全然動かない事。
肩で息することもないし、リズムをとる風でもないし、最初は「口パク?」と思ったくらい動きません。
新聞でも読んでいるかのように楽譜を見てジーッとしてるし、居方もごく普通。
よくある合唱特有のわざとらしい歌い方も全くありません。
で、別段大きな声量もないのに、ものすごく響くんですね。
そして完璧なアンサンブル。
参りました。
家に帰ってからもコンサートの反芻に浸るべく、ギネス片手にトマス・タリスやらモンテベルディなどひっくり返して聞いてます....

と、こんな風に始まった35年目の人生劇場。
シュタイナーの7年周期の発達段階区分でも節目の歳にあたる今年。
さてどんな風に展開することやら.....
何となく、動き回りそうな予感が既にしております。
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by yuniwauta | 2005-06-26 23:22 | 雑記帳

ズームキルト?

固い記事が続いたのでちょっと休憩。

ズームキルトというらしいですが、詳細はよく解りません。
キルトのように、幾人かのアーティストのコラボらしいです。
読み込みに多少時間がかかりますが、クリックしてスタートしたらマウスをドラッグしてみて下さい。
良く見ると絵はキモいですが、ちょっと面白いかな?
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by yuniwauta | 2005-06-23 23:54 | 雑記帳

超感覚的知覚の二面性<2>

霊的成長の副産物としての超感覚的知覚の他に、もう一つ、こうした感覚が開示される場合があります。
それは、病気や事故、精神的なショック等による開示です。
例えば、交通事故によって頸椎を損傷したり頭部を強打したりした人が、ある日突然人の生死を予知しはじめたり、霊のようなものが見えるようになったりするというのはよくある事です。
これらは時として強烈な感覚を伴って現れますが、多くの場合、非常に不安定であったり支離滅裂な内容を含んだりします。
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こうした超感覚は脊椎の大きな変位や、脳の損傷や圧迫等によって起こります。
体の大きなひずみによって神経的に異常な緊張をきたした結果、エーテルやアストラル体の一部が突出して興奮状態になり、結果的に微細な世界の現象を感じるようになるのです。

精神的なショックやトラウマ的なものによっても、同様の現象が起こります。
精神医学ではこうした現象は全て「幻覚、幻聴」の範囲となりますが、実際に詳細なレベルで他人のある情報を読み取ったり、ある場所の過去の事柄を感受したりする現象も多く見られ、こうした方の中には自ら”霊能者”を標榜して人に奉仕されている方もいます。

しかし、ここには大きな落とし穴があります。
霊的成長の度合いと超感覚知覚のレベルは本来比例しているものです。
ところが、こうした事故等による突出では、知覚のレベルに対して本人の霊的な理解が不足するという事も起こりえます。
これはいきなり不必要にアンテナの精度を上げたら、意味不明な言葉の放送が聞こえて来たという状況に似ています。

多くの場合、こうした事は精神的に非常な混乱をきたします。
何故なら、これらは一種の病的な状態であり、また霊的な成長を伴わないため、非常にエゴイスティックな色合いを持つ事になるからです。
ある時点まではオッケーでも、先がありません。
支えられている精神的な支柱がないので、いつ崩れるとも解らない砂上の楼閣に過ぎません。

しかし、もし仮にこの知覚した内容を謙虚に受け止めて、自分自身の霊的成長に専心していくならば、こうした知覚も何らかの意味のある結果を産み出す事ができるでしょう。

こうした事故等による変位は、初期に適切な治療を行う事ができれば次第に落ち着きます。

非常に多いケースとしては第一、第二頸椎、第一胸椎の硬結、脳内(特に前頭葉)の腫瘍、
頭蓋骨の偏位、甲状腺肥大(バセドー病)など、主に頭部の異常が原因となりやすいようです。

この他に第七、第六チャクラの異常活性などもありますが、これはまた別の機会にお話しします。

余談ではありますが、96年の映画でジョン・トラボルタ主演の「フェノミナン」という映画があります。
ある日突然超能力を獲得した男の話ですが、この記事に関連したお話なので興味のある方は是非どうぞ。
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by yuniwauta | 2005-06-23 21:13 | からだのはなし

超感覚的知覚の二面性 <1>

よくクライアントの方から「オーラが見えるようになりたい」とか「過去生を思い出したい」といった相談を受けたりします。
診たてのレベルで、触らなくてもある程度体の状態が分かるとか。
直感的に何らかの情報を読み取るとか。
やはり目に見えない力といったものを獲得する事は魅力的であるように思えます。
人には見えない物が見える、感じる、という事に驚きと好奇心を抱くのは人の性かもしれません。

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原始的な社会では、このような能力を持つ者の多くはシャーマンであったり治療師であったりします。
病気の治療や天変地異の予知など、人知を越えた領域とのコネクトが必要とされる職種であるからです。

こうした知覚を総じて超感覚的知覚(サイキック)と呼びますが、この能力の開示には2種類あるという事は意外と知られていません。
もちろん先天的、後天的という違いもありますが、ここでは後天的なものを取りあげます。

ひとつは当人の霊的成長に伴って、副次的に生じる場合。
もうひとつは事故やある種の病気、精神的なショック等によって生じる場合です。

例えばイエス・キリストは幾人もの病み人を奇跡的に治癒させたエピソードがたくさんあります。
彼は別に治療を行うために訓練をしたわけではなく、神の光との合一を通して霊的な完成に至った結果、人間の深いレベルから調和したエネルギーを発することが可能となり、結果的に人の病気を治すことができたのです。
こうした例は何もキリストほどのレベルに達さずとも、例えば赤ちゃんを抱く母親の手から溢れるもの、愛する者への真剣な祈りの中にも現れます。
一時的であっても、調和した無私無欲の心にあることができれば、ある程度の精妙なエネルギーを発し、また感受する事も可能なのです。

いずれにせよ、この知覚能力や治癒能力を私利私欲のためだけに用いてはなりません。
正確に言えば、私利私欲のみに固執するならば、この能力はやがて消え失せてしまいます。
調和した精神というものは、決して利己的であることができないからです。
なので翻って見るならば、超感覚的知覚は調和した精神の一副産物である事が分かります。

このように調和した精神に支えられた超感覚的知覚であるならば、それは多くの場合個人にとっても社会にとっても、より有益に作用するでしょう。

しかし、この能力の開示にはもうひとつのパターンがあるのです。
それが事故やある種の病気、心理的なショック等によってこうした知覚が開示される場合です。
<続く>
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by yuniwauta | 2005-06-22 23:31 | からだのはなし

曽枳能夜(そぎのや)神社

斐川にある神名火山(別名:仏教山)の麓に、小さなお社があります。
曽枳能夜神社と書いてそぎのやじんじゃと読みます。
ここにはこの地方(キヒサの里)一体の守護である伎比佐加美高日子命(キヒサカミタカヒコノミコト)が祀られています。
元々この神社は、仏教山の頂きにあったのですが、いつしかこの麓の地に祀られるようになったそうです。
この神社は「出雲風土記」にも記載されている古い神社ですが、かつては出雲大社の原型がここにあったという説もあるようです。

一昨年道に迷って偶然通りかかった神社なのですが、好きでよく行きます。
というのも、ここにちょっとお気に入りの岩があるからなのです。
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ちょっと見えにくいですが、左に神魂伊奴知主命(カミムスビイノチヌシノミコト)とあります。
これは以前紹介しました、我が家の裏にある命主社と同じ祭神です。

この岩、ちょっと変わった岩なのですが、この近くには意外とあるようです。
さざれ石?溶岩?隕石?
浅学の僕には判別しかねる代物ですが、この岩の近くにいるとスーッと体が洗われるような気持ちになったりします。
今、この神社はちょうど遷宮の最中ですので社殿はなく岩の周りも雑に土が盛られていますが、普段は氏子の方々が大変綺麗にされているのでもの凄く気が良い所です。

この近くには出雲の誇る笛師、樋野達夫さんもお住まいです。

たまたまここの神社の方がお客さんで来て下さったりして、また不思議とご縁がありました。
小さいお社で決して有名ではありませんが、僕はこういう場所がとても好きなのです。
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by yuniwauta | 2005-06-22 00:15 | 出雲見聞録

八重滝

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休みの日のお決まりコース化している須佐神社→ゆかり館コースでしたが、今日はゆかり館工事中につきお休みでした。
でも天気も良いしドライブがてらまだ行ってない温泉でも探そうかと思いきや、先日の龍頭ヶ滝の先に、新たに滝を見つけました。「八重滝」です。
一応観光地化しているようですが、誰もいません。
54号線を三次方面にしばらく行くと右手に入り口があります。
八重というのは渓流の中に幾つか段差があり、それを滝と呼んでいるのです。
「姫滝」「姥滝」「河鹿滝」等いろいろ名前が付いていますが、見所はやはり再奥部にある「八塩滝」(写真)。
二段のゆるやかな滝で、滝壺で泳げそうでした。
先の龍頭ヶ滝のようなダイナミックさはありませんが、非常にゆったりとしていて優しい感じです。
秋には紅葉がきれいなのだそうです。

滝や渓流など、自然な水の流れの近くにいると何だか体がきれいになっていくような気がします。
先日東京に行った時も、三鷹から井の頭公園まで玉川上水沿いを歩きましたが、やはりすごく落ち着きました。都会のオアシスですね。

神道の祝詞で、「大祓詞」というのがありますが、この中に瀬織津比賣(せおりつひめ)という祓いの神が出てきます。
この神が世の罪汚れを全て川に集めて海に流して行き、また海には速開津比賣(はやあきつひめ)氣吹戸主(いぶきどぬし)速佐須良比賣(はやさすらひめ)という神がいて残らず罪汚れを祓っていくというのです。
これは言うまでもなく自然の浄化プロセスを現しています。

現代の罪汚れがただ流していくだけで浄化されるとはさすがに思えませんが、停滞したエネルギーはやはり流して動かしていく事で変化していきます。

どこにいても、この流れと一緒にいられるように....
滞りなく、ゆるやかな流れでありたいと思う今宵です。
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by yuniwauta | 2005-06-20 21:41 | 出雲見聞録

猫の蚤はどうすれば....

我愛猫マヤ。
今年推定10歳になります。
今まで外で遊ぼうが草むらで昼寝しようが臭くもならず蚤なんて付かなかったんですが、寄る年波ですかね...今年は年初めにお尻に大きなハゲができましたが、ようやく治って来たな〜と思っていたら今度は蚤が大発生してます。
今まで全く気にする必要がなかったので安心して一緒に布団で寝ていたら痒いのなんの...
見ればあちこちに黒い影が!
早速お風呂に入れて見てみたらいるわいるわ、2〜30匹の蚤さんが溺死しておりました(ごめんなさい)
やれやれこれで一安心と思いきや、翌日にはもう元の木阿弥。
外で昼寝が大好きだから仕方ないんですがこれは困りました。
結局3週続けてお風呂に入れてみましたが、何となくストレスになりそうだし、かといって蚤取り首輪は厭がりそうだし、最近流行の「フロントライン」(背中に塗り込む薬)とか「プログラム」(経口薬)は何か毒性が強そうで怖いような気もします。

蚤がいるのも自然の摂理、ある意味では仕方がないとも思いますが、何となくアレルギーで体全体の毛が薄くなっているようにも思え....まさか全身ハゲになったらと思うと心配です。

と、そんなこんなでここ最近は夜は蚤取りに明け暮れる毎日。
何かおすすめの方法あったら是非教えて下さい。
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by yuniwauta | 2005-06-18 23:18 | 雑記帳

東京ワーク後記

今回は久々東京での「即興音楽ワーク」でしたが、なかなか面白かったと思います。
インプロワークスの中にある「即興を遊ぼう会」の企画で、いろんなセクトの方々が集ってのワーク。
今回は久しぶりという事もありスキルを追求するのではなく、どちらかというと音楽的要素を使った即興のスタイルを体験してもらうという部分に比重を置きました。

まずは簡単なリズムワークとビバ・アフリカという筋肉痛必至のゲーム。
声まわし、人間ディレイ、ソングなどのゲームに加えて、今回は2部のアドヴァンスクラスで「シング・アバウト・イット」というインプロの高度なゲームにも挑戦して頂きました。

これは、無作為に選択されたタイトルを元に即興でシーンを作り演じて行くなかで、誰か外にいる人があるシーンの役者に向かって「シング・アバウト・イット!(それについて歌って!)」とコール、役者は今演じている内容についての歌を即興で作って歌わなければなりません。
しかも、歌のジャンルも指定されますからなかなか大変です。
参加者の大半がこのゲームは初めてという状況でしたが、なかなか面白い展開もあり、最後は参加者全員で大合唱。
毎回、このミラクルな瞬間がたまりません。

今回の収穫は、「ユニゾン・リーダー」と名付けたエチュード。
前回の大阪の時は「ちょっと高度かもしれない」という事でやらなかったものですが、今回少し丁寧にナビしながらやってみました。
これは一人の人が即興的に作ったメロディーを即座に聞き取り、全員がユニゾンしていくというもの。自分でメロディーを産み出すという事と、聞き取った音と同じ音をすぐに歌い出せるようにするためのエチュードです。
こうすると発する事と聞く事に同時に集中しなければならないので、自ずと声質も荒々しさが消えてとても澄んだ響きになります。
実際にやってみるとまるでグレゴリオ聖歌のような響きが産まれました。
歌詞も無く、ただの即興的なメロディーのトレーニングなのに、そこに祈りの感情すら感じられました。

今回は一人一人の歌も感動的でやさしい曲が多くて、参加者の方も結構癒し系の人が多かった(?)ように思います。

音に乗って自ら紡ぎ出すメロディーと言葉は、自然にこころの奥にあるものを解放してくれる。
次回予定は10月、大阪と岡山プラス出雲(仮)という連続ワークを企画しています。
今後は更に音楽的な要素を深めていきたいと思っています。
乞うご期待!
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by yuniwauta | 2005-06-17 12:47 | インプロ

今日から東京

今日から東京にいってきます。
本日は久々の都内での「即興音楽ワーク」
まだ少し入れますので当日入りしたい方、是非お越し下さい。
詳細はHPをご覧下さい。
ブログ再開は水曜日、木曜から通常営業になります。
では、行ってきます。
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by yuniwauta | 2005-06-11 06:32 | インプロ

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


by yuniwauta
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