ゆにわのうたひ

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サマディツアー体験記<10日目 最終日 アグラ>

長かったツアーも、いよいよ最終日となった。
ブッダガヤから寝台特急でツンドラまで行き、そこからバスでアグラへ移動。
ツンドラ駅に到着したのは確か明け方3時半くらいで、アグラに着いたのは5時頃だったと思う。
アグラは、また今までと違った雰囲気だったが、遠くでコーランが聞こえたせいかもしれない。
今日は所謂インド観光のメッカ、タジマハールとアグラ城。

と、ここで写真の一枚でも貼りたいところだが、タジマハールの検問は厳しく、写真が撮れなかった。
入り口でボディチェックもされる、テロに対する警戒で飲み物、電池類、ナイフ類、携帯電話なども全部持ち込み禁止。
しかし、デジカメ等はOK。これを禁止したら観光客が減るからだろう。
僕は携帯のカメラで写真を撮っていたので、ここでは何も撮れなかった。

確かにタジマハールは均整の美で、豪奢な装飾と総大理石の建物は圧巻だった。
しかし、ここはとある大金持ちが、亡き妻のために造った墓所であり、今まで通ってきた祈りの場とは少し趣きが違うように感じた。
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ただ、建物の中は天井が高く、そこにいる人々の発する音が反響して、まるで天から音が降って来るように感じられた。(ちなみに写真はアグラ城)
数羽の鳩が、建物の中を飛んでいたが、イスラム様式の美しい文様に、この鳩たちの動き、そして天から降って来る音響効果が加わって、しばらく中にいると少し酩酊したような感覚になった。

長い残響と、入り口から入って来る淡い光。
そこには、日常にはない異世界への扉が隠れている様に思えた。



その後アグラ城へと向かった。
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ここも中は絢爛豪華、繊細で緻密な象眼細工と建築美、その当時の富と技術の結集した素晴らしい建物に見えた。
数世代に渡って増築改築を繰り返して、その時々の権力者の好みに合わせて建物が造られているので建築史的には非常に興味深い建物なのだろうと思った。


ところが、ここに来て自分の心が妙に冷めているのを感じた。
確かに素晴らしい工芸美だし、その時々の最高の材料と技術が投入されているであろう事は感じられた。
しかし、これを造る事で、どれだけの人が幸せになったのだろう?
先のタジマハールも、ある一人の女性のために夫が送った愛の象徴といえばロマンチックではあるけれど、こうして贅沢の限りを尽くした建物は、その権力の下で成された非人道的なまでの搾取の結晶でもある。
一人の幸福のために、ここまでやる必要が果たしてあったのだろうか?と思ったりもした。

一番最初にデリーで訪れたビルラ寺院は、やはり大理石で造られて立派だったが、そこには当然ながら個人所有の感覚はなかった。
神様に捧げるためにただ最高のものを用意しているだけであって、それは誰かの権力や富を誇るものではなかった。
ビルラ寺院の造りはここよりもはるかに質素であったけれど、柔らかくて丸いイメージであらゆる人を受け入れるような寛容さがあった。

このツアーの中で、訪れたり出会ったりした人々の中に、質素の内にある神殿を幾つも見て来た。
見かけはぼろを纏っていたり、大して立派な服を着ていなくても、その人達の内側には侵し難い高貴さが滲み出ていた。
しかし、今目の前にある立派で豪奢な建物は、見かけは確かに立派で素晴らしいのだけれど、その裏には人間の業欲と権力への冷徹な響きを感じた。

つまるところ、ここに自分の選択を見たような気がしたのだ。

『感覚的なものや物質的なものは、たとえそれがどんなに素晴らしいものだとしても、所詮全て外側の事柄に過ぎない。
それは本当の自分自身とは何の関係もないから、仮に一時得られたとしても、それはやがて崩壊し、自分の手からは離れてしまう。

しかし、内にある宝石は、決して失われる事がない。
それは存在そのものが本来持っているクオリティであって、誰かから奪えるものでもないし、また害されるものでもない。』

そんな事を、何かの本で読んだのを思い出していた。
アグラ城を後にしたバスの中で
『お前はそのどちらを選ぶのか?』と内側に問いかける声を聞いた。

『両方を。 しかし、物質的なものについては執着はせずに。』
それが当面の答えだと、今は思う。

その後、ドライブインにてこのツアー最後のインドでの食事。
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トマトスープ、レンズ豆のカレー、グリーンピースとカリフラワーのカレー、ジャガイモのカレー、ほうれん草のカレー、チーズ入りのトマトカレーに生野菜、ナンとライス。

ツアー中食べた料理は、どれも辛さはマイルドで、それはそれでお腹を壊さなくて良かったのだけれど、せっかくなので『最後に思いっきり辛いのが食べたい』とお願いしたら、青とうがらしのスライスが数本分出て来た。
現地でも辛いのが好きな人はこれをかじりながら食べるらしい。
かじってみたが、めちゃくちゃ辛い。
でも何とか2本分くらいは食べて、一応満足した。

そうして、旅は終わった。
最後にお約束の蛇おじさんになって、インドの想い出は少しセピア色になった。
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by yuniwauta | 2007-02-28 23:54 | 瞑想

サマディツアー体験記<9日目 その2  ブッダガヤ>

午後はブッダが悟りを開いた地、ブッダガヤへ
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さすが仏教最大の聖地であるし、同時に観光名所でもあるので、人が多い。

この時期は、ちょうどチベタン仏教の祭典があるとかで、かなり多くのラマ僧やチベット人らしき方々の姿が見えた。
チベット系はモンゴリアンなので、ちょっと色黒の日本人みたいで親しみが湧く。

靴を脱いで、参拝。
まずは大塔、もう何度も修復されているので、結構新しい。
独特の造形、ピンクとグレーの配色が柔らかい。



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<<その中には金箔を張られたブッダの像。
これが本場の仏像なんだなと改めて見入る。
像はふくよかで、苦行の跡もない若きブッダの姿に見えたが、実際はどんな顔で、どんな声をしていたのだろうと思う。
ここでも礼拝の方々が所狭しと並んでいる。
やはりチベット系の方が多かったが、座ってお経を唱えている人もたくさんいた。
聞こえる言葉のせいか、日本のお寺とはちょっと違う響きがした。


そうして、参拝の跡は塔の裏側に回り、例の菩提樹の下で悟りを開いたとされる金剛宝座へ。
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綺麗な装飾がされた柵に囲まれて、大きな菩提樹と、赤い布が敷かれた座が見えた。
ここが、仏教の始まった所なのだ。

ここで短い時間ではあったが、全員で瞑想して祈りを捧げた。
静かに目を閉じてこの地に残るブッダの息吹を想う、その時は多くの巡礼や観光客の声があったが、それよりも印象的だったのは樹々の間をそよぐ風の音と、瑞々しい鳥達の声だった。
『楽園』という言葉が浮かんだ。
ブッダはこの地で49日間の瞑想の後、悟りを開いたと言われている。
その時も、こんな風に鳥達の声が聞こえたのだろうか?
ここでの瞑想は、どこか懐かしい気持ちを起こさせた。
ずっと幼い頃に訪れた風景に似ているような、どこかで聞いた事がある音風景のような気がした。

ここは、以前はもう少し中まで入って礼拝ができたらしいが、以前日本の某カルト教団の教祖が禁戒を破って乱入して大問題になり、それから柵ができて立ち入り禁止になったと聞き、残念に思った。

<<<<<ここからは余談。>>>>>

ブッダガヤは入り口からお土産を売る店が所狭しと並んでいてお祭りの様に賑わっていたが、バスから降りる直前にガイドさんからこんな話をされた。
『皆さん、ここの物売りさんは、今までの物売りさんとは次元が違いますよ...』
相手は日本語ペラペラで、こちらが話してる事は全部分かる。商売の邪魔をする訳にもいかないので、ガイドとしても助け舟は出せないとか?
しかし、結構前から購入を検討していたチベタンのシンギングボウル(木の棒で擦って鳴らすお鈴)や仏教法具が色々と売られていた。チベタン系は以前から好きなのでどうも惹かれてしまった。
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<<これが収穫の品。音は良い。

ツアーも終盤に入り、気分も良かったし、始めて自分用にお土産を買う気分になった事もあったので、少し財布のひもが弛んでいたなと今は思う。
値段はご想像にお任せするが、日本で買うよりは当然安いけれど、現地価格からすれば相当なふっかけだったに違いない。

始めは日本で売られている価格くらいで言ってきたので、その5分の1くらいの値段を言うと『それでは安過ぎて商売にならない』と言って断られた。
ならば仕方が無いと思って一時諦めたのだが、後でわざわざ駅まで追いかけて来て『せっかくの機会だからそれでもいい』と言って売ってくれた。
旅の想い出として何となく嬉しい気分になったので結局買ったのだが、よくよく考えてみたらやはり随分高かったなと思っている。

インドでは買い物等でよくこうやって『騙された!』という話が多いのだけれど、実際大した額面でもないのだし、目くじらを立てるほどの事ではない場合も沢山有ると思う。
要するに例えばこれが本当にシンギングボウルなのか、もしかしたらただの真鍮製の洗面器(?)なのかも分からないのだけれど、その音が気に入って、その価格でその時納得して買ったなら、それが自分にとってはその物の値段なのだ。

今このシンギングボウルはセッションで時々使っている。
うちに来たら是非音を聞いてみて欲しい、さて幾らの音がするだろうか?
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by yuniwauta | 2007-02-27 23:13 | 瞑想

サマディツアー体験記<9日目 その1 霊鷲山>

ラジギールのホテルはその名も『ホッケホテル』
c0037400_21131864.jpg法華経が説かれた霊鷲山の麓にあり、元々は日本の企業が建てたが今はインドの会社が管理しているとか。
ここの部屋は何と和室。
料理は和食中心で、部屋には浴衣、大浴場付き。
多少腹具合が気になっていたこの頃、おかゆに梅干しというのは有り難かった。
それでも、インドではやはりカレーが美味しいので、結局最後にはカレーを食べたくなった。

その上、畳に敷かれた布団は良く眠れ過ぎてモーニングコールが聞こえず、早朝出発時には皆さんをお待たせしてしまった。



この日の行程は、密かに楽しみにしていた霊鷲山。
徒歩で15分くらい登った所に少しひらけた場所があり、その上に礼拝所があった。
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礼拝所に近づくにつれ、独特の聖なるエネルギーを感じて来た。
岩は見た目にはゴツゴツしているのに、足の裏には柔らかくどこか温もりさえ感じられたのは不思議だった。

ブッダはこの地に長く住んで、シャーリプトラやアナンダといった弟子達に有名な『法華経』をはじめとする多くの説法を行ったと言う。

僕の実家の裏山にお寺があったが、あそこで唱えられていたお経も、元をたどればここで説かれたブッダの言葉なのだ。
そう思うと、この遠いインドの地と自分の幼少期の記憶とが繋がり溶け合っていくようで、妙に親しみが湧いて来た。

ここで一人の男が説いた言葉が、仏教という名で世界中に広がっていったのだ。
つい先日のクンムメラの事が思い出された。
紀元前から、多くの聖者を育んできたインドにあって、当時も多くのセイントがいたはずなのだが、何故ブッダの言葉だけが特別にこのような広がりをみせたのだろう?
頭の中に世界宗教の始まりと、それ以前の事が浮かんできた。
仏教以前と以降、そこで人類の意識は、どう変化したのだろう?

早朝の聖地の空気は、そんなとりとめもない考えにふけるのに絶好だった。

そうしてここで、ご来光を待ちながら朝の瞑想。
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内側でどんどん拡大していくイマジネーションの最中、朝日に照らされた額に熱を感じた。
それは穏やかな風のように体に染み込んで来て、山を降りる時は体がとても軽かった事を覚えている。

この後、ブッダが悟りを開いた地、ブッダガヤへと向かった。
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by yuniwauta | 2007-02-23 22:02 | 瞑想

サマディツアー体験記<8日目 ナーランダ大学、ラジギール>

早朝パトナの駅に到着。
ここはアラハバードとは随分雰囲気が違った。
このパトナのあるビハール州はインドで一番貧しい州だと聞いたが、ちょっと街にストレスを感じた。
人は多く活気があったが、何となくすれ違う人の感じが今までと違った。
そうこうしていると物乞いのおばちゃんが急に腕を掴んできて『マニ〜!マニ〜!』と叫んできた。
この旅でもいろいろと物乞いには会ってきたけれど、この人はちょっと積極的というか乱暴というか...咄嗟の事だったので、思わず腕を振り払ってバスに乗り込んだ。
何となく自分も荒っぽい態度をしたように思えて胸が痛んだが、かといって同情したって仕方がない。
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カーストの名残りでもある乞食はインドの大きな問題の一つだという。
何せ世襲で乞食をやってきているので、労働をして収入を得るという感覚が無いのかもしれない。

ガイドさんの話によると、政府が一時乞食を一掃しようと無料の公共住宅を貧民層に提供した事があったのだが、彼らはその家を売ってお金に替えてまた乞食に戻ってしまうのだそうで、染み付いたライフスタイルはおいそれとは変えられないようである。

またインドではバクシーシーといって、お金のある人が貧しい人に施しをすると功徳が積めるという考えがある。
逆に考えれば乞食がいるから金持ちは功徳が積めるのであって、そういう思想が乞食の存在理由にもなっていたりするそうだ。

そんな事を考えながら市街を過ぎる。
確かに歩道のスペースに布を張っただけのテントで暮らしている人が目に付いた。
ただ、いくら貧困でも食料は安く何とかなるので、一昔前のように飢えで死ぬ人は少なく、行き倒れの死因の多くは暑さだという話を聞き、少し安堵する。

バスはその後、ナーランダ仏教大学跡へ。
有名な仏弟子のひとり、シャーリプトラの生まれた村にあり、かの玄奘(三蔵法師)も、この地で仏教を学んだという場所である。
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かつては仏教を学ぶために1万人以上の人が滞在していたという、見渡しても結構な規模。
この部屋は瞑想のための部屋だと言うが、中に入ってみると、当時の修行の空気感がまだ残っているように思えた。

1193年にトルコイスラム勢力によって、この大学は破壊されてしまったので、今は僅かな跡地のみが残っている。
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その後、入り口にあった菩提樹の下で瞑想。
ブッダの旧跡はどこも緑が綺麗ですがすがしい。
ここでの瞑想も、穏やかな風に吹かれながら、しばし当時を想いつつ静かな時を過ごした。


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午後はラジギール。
竹林精舎、温泉精舎を訪れ、再び瞑想。
ツアーも終盤に差し掛かり、少しゆったりモードになってきた。
瞑想中、はたとブッダが弟子達と共にそのあたりを歩き回っている光景が目に浮かんだ。
ゆるやかな笑みをたたえて、静かに歩くブッダの姿。
落日の陽に照らされて、あたりは橙に染まってゆく...



季節外れの蚊が太ももを直撃してきたので、この美しいビジョンは一瞬で醒めた。
どこかでインプットした『インドで蚊に刺される = マラリアの危険!』という公式が脳裏をよぎったが、噛まれたものは仕方が無い...

即座にふくれた皮膚に親指の爪でバッテンを書いて、南無妙法蓮華経と唱えたのは言うまでもない。
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by yuniwauta | 2007-02-22 21:13 | 瞑想

サマディツアー体験記<7日目 その2 アラハバード>

今日は多少番外編

サンガムでの沐浴を終えた後、この日は夜11時過ぎにアラハバードからパトナへの寝台特急への移動だけしか予定が無かったので、アラハバードのホテルでようやく念願の自由時間が2時間ほど貰えた。
長いツアー中、やはりプライベートで動ける時間というのは息抜きにもなるし、バスからではなく自分の足でインドの街を歩きたかったので、大喜びで飛び出した。

まずはやはり音屋の宿命、街のサウンドスケープにどうしても集中してしまう。
インドの市街はどこもそうなのかどうか分からないが、ここの街の音は『常に鳴りっぱなし』
車の音、リクシャの音、クラクション、人の声、全てが妙に隙間無くフォルテッシモで鳴り続けているように感じた。
バスやトラックから普通車、オートリクシャ、トラクター、自転車、ロバ、牛、徒歩と、各種のタイム感が同居しているせいだろうか? このドローン的なノイズの集積には独特の密度を感じた。

本当はCDショップか雑貨屋に行きたかったのだが、生憎無さそうだったので、とりあえず道路脇にある店を観察してひたすら歩いた。
原宿にあっても大丈夫そうなモダンなブティックがあったかと思うと、菜種油のランプしかついてない絨毯屋があったり、コスプレショップのようなド派手原色のサリー屋の隣で籠に入れた野菜を売る行商がいたりする。
貧富の層や時代まで違うような雰囲気の人々、しかし当然街を歩く人は別にそれを気にする風も無く、それぞれのライフスタイルに合った場所で買い物をし、それぞれの生活を支えているようだった。
多層な価値観、折り重なる時間(菜種油ランプの下と蛍光灯の下では、同じ夜でも時間の密度が違う)、様々なスピードの乗り物、途切れない音。

はじめに出会ったチャイ屋で2杯のチャイを買う。
相場が分からなかったので、とりあえず手持ちの一番少額紙幣だった10ルピー(30円程度)札を渡すと、おやっさんはおもむろに何か用事ができたとでも言わんばかりに自転車に乗って行ってしまった。
おつりを取りに行ったのかと思い、少し待っていたが帰って来ないので諦めて移動。
暫くして、もう一杯チャイが飲みたくなったので、小学生くらいの子供がやっているチャイ屋でもう2杯頼む。
さっきの事が気になったので、はじめに『幾ら?』と聞くと『4』と答える。
ああ一杯4ルピーかと思いきや、10ルピー札を渡すと6ルピーのお釣り。
じゃ、さっきのおやっさんは逃げたのか.....?
要するに万事こんな感じなのだなと思う。
ここで『騙された』と思えば腹も立つだろうが、『一杯やられたぁ...』と思えばご愛嬌。
チャイ程度の損失で良かった、個人旅行ならもっと大変なんだろうなと思うが、それは次回に味わおう。
ともあれ、一杯2ルピーだった少年の入れたチャイはやたら美味かった。

夕食の後、アラハバード駅に移動。c0037400_2265779.jpg
寝台特急に乗り込むのだが、夜だからか多くの人がホームに毛布をひいて寝ていた。
ツアー中、ここまでは大した遅れに逢わずにきていたのだが、ここではじめての大幅な遅れ。
11時過ぎに来るはずの電車が12時になってもまだ来ない。
何でもインドの特急は3時間遅れくらいが普通で、酷い時には1日くらい遅れる事もあるとか?
夜も更け気温も下がってきた。

こうなると暇つぶしに駅構内を探検したくなる。
キオスクでチャイを売っていたので、寒さ凌ぎに買ってみる。
ここは昔ながらの素焼きコップのチャイ。
素焼きコップ独特の風味が効いて、独特な味わいだった。

それともう一つ気になっていた、駅の中でやたらベカベカ光るイルミネーションを放つ物体(写真)
c0037400_212326.jpg何かと思えば体重計。
足を乗せて1ルピー硬貨を入れると、ブーンと音がして切符のような診断結果が出て来る。
体重55キロ、ラッキーナンバーは1、あとはヒンディー語で何かメッセージみたいなものが書かれていたが読めないので分からない。
体重を計るのが娯楽なのか?という疑問も残るが、僕が55キロな訳ないでしょう?と突っ込みたくもなった。
友人に聞くと、どうやら計る旅に違うらしい...

結局電車が来たのは予定時刻を3時間半ほど過ぎた頃。
しかし、不思議だったのは、ツアーメンバーの誰も『電車が遅い!』と文句を言わなかったし、自分も思わなかった事。
むしろ遅れる事を楽しんでいたし、駅のホームで堂々と寝転んだりするのは結構気持ちよかったりした。

電車は到着すると、どんなに遅れていようが停車時間だけはきっちり3分とか5分と決まっているので、乗り込む時はなかなかの修羅場だった。

3段ベッドの寝台車は決して快適そうでは無かったのだが、その夜はツアーの山場を過ぎてホッとしたのか、まどろむ間も無く深い眠りに落ちた。
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by yuniwauta | 2007-02-22 02:28 | 瞑想

サマディツアー体験記<7日目 その1 サンガム>

昨日はまるで夢の中にいたような濃い一日を終え、あっという間に眠りに落ちた。
朝になって新聞でアウトの記事を読み、あらためて昨日の事が夢でなかったのだと思う。c0037400_21354180.jpg


<TIMES OF INDIA紙 
周りを取り囲む報道陣のお陰でこの肝心の場面が見えにくかったのは残念。


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<NORTHEN INDIA PATRIKA紙 
僕は位置的には右におられる南インドの聖者さん(?)の後ろにいたのだが、写真には写れなかった....






ともあれ、この日はサマディアウトのエネルギーで体も心も軽く、スケジュールもゆっくりだったのでとてものんびりしていた。
ババジのお使いの方が迎えに来られて、一同サンガムという3つの川の合流点へと向かった。
インドではこのサンガムは聖地とされている。
アラハバードではガンジス川、ヤムナ川、サラスワティ川の3つが合流して大きなガンジス川になる。
河原に着くとヨグマタとババジがいた。
早速ご挨拶のダルシャンがはじまり、それぞれボートに分かれてサンガムの沐浴場へと向かった。

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ここにも、沐浴するために数多くの人がやってきていた。
先日のガンジスとは違ってお昼だったので気温も高く、水は更に気持ち良さそうだった。
川の合流点に一列の長いはしけが設けてあり、そこにボートを停めて沐浴開始。
今回はババジやヨグマタも一緒に沐浴をされたので、参加者の多くが一斉に沐浴をはじめて大はしゃぎだった。

皆が盛り上がっている中で、やはりこの時も妙に内側が静かだった。
少しゆっくり水を感じたいなと思っていた時、ふと気付くとババジが僕の目の前にいて、一人静かに沐浴をはじめた。
まるで母の胎に帰るような静かで祈りに満ちた沐浴の姿。
謙虚さとは何なのか? 祈るとは?
言葉の無いメッセージが深く胸に刻まれた。

お別れのダルシャンは更に印象的だった。
まるで父母に抱かれたような感覚があった。
母のように、どこにいてもいつでも自然体で迎えてくれるヨグマタ。
そして、まるで息子のような慈しみの眼差しを向けてくれたババジ。
実の両親にさえ、こんなに深い愛情を持って触れられた事は無かったと思う。
今でもこの日のダルシャンを語ると涙が溢れる。

聖なる人とは、無言のうちに深い愛を伝えられる、そんな存在なのかもしれない。
それも特定の誰かにではなく、全てにその愛が注がれるのだ。

いつの日か、自分もそんな風な人になれたらと思う。
しかし今は、その大きさを受け取るだけで必死だったりする。
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by yuniwauta | 2007-02-16 22:28 | 瞑想

サマディツアー体験記<6日目 その5 クンムメラ巡礼>

c0037400_20381578.jpgババジの先導によって夜のメラ巡りが始まった。

全員でバスに乗り込み移動...となったが、橋の所で立ち往生。
この橋はメラの期間だけの仮設で、巨大な樽をいくつも浮かべた上に板を敷いたような感じ。
それでも普通車なら問題なく通行できる結構丈夫なものだったが、さすがにバスは無理なので歩いて渡る事になった。
かえってこの方が空気や音を感じられていい。
この時間は気温も快適、オレンジっぽい電灯や色とりどりの電飾が遥か彼方まで続いてそれが川面に移っているのが美しい。

c0037400_21105555.jpg橋を渡ってしばらく行くと、今度はテント群の中へ。
テントを覗くとあちこちに祭壇があったり、修行者らしき人がこちらを見ている。
通路はサンスクリット語の詠唱とお香の香りで充ち、暖をとる火も何だか神聖に見える。

c0037400_211225.jpg<<奥にあった祭壇。
ガムランのような鉄製の鐘を鳴らす音が続く中、多くの人が礼拝をしていた。




ヨグマタとババジが先導して、ここに建ち並ぶ様々な聖者や高僧のテントを回った。
が、何せ60人弱のツアー、テントは場所によっては狭くて、全員入りきれなかったり話が聞こえなかったりしたが、次々に訪れるテントでプラサードのお菓子が配られて、まるで幼い頃にお大師さんを巡った時のような感じがした。


c0037400_21191997.jpg実際幾つものテントをはしごしたのだが、特に印象に残っているのがこの方。(写真中央でオレンジの布を冠った方)
40年間、一日に50cc程度のジュースだけで生きているという、つまり固形物は一切口にしていない。50ccと言うとヤクルト1本に満たない。
暗くて写真がボケてしまったが、まるで童話の本から出て来た木の精か何かでは無かろうかと思うほど、優しくて軽いエネルギーの方だった。

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<<このテントには髪の毛の長いサドゥがたくさんいた。
失礼な話、この手の方の髪の毛ってもしかしたらちょっと匂うのでは?という先入観があったのだが、いつもビブーティ(聖なる灰)で洗ってあるらしくとても清潔で香木の香りがした。

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他にも虎の皮を一匹丸ごと羽織ったサドゥや、体中に菩提樹の数珠を巻き付けた者、裸で体中に灰を塗ってひたすらダマルを鳴らし続ける者。
広場には幾つか火が焚かれていて、そこには後ろ髪の一房を残して髪の毛を剃り、ふんどし一枚でシヴァ・マントラを唱え続けるサドゥの一団がいた。
この方々は新しくサドゥになった人たちという事らしい、家族も仕事も財産も全て捨てて、身一つでこれから魂の探求のみの人生を歩む覚悟をした人たちだ。
皆純粋な感じで、楽しそうなのが印象的だった。
『出家』と聞くと、普通日本で考えると結構ワケアリ的で暗い印象があったりしなくも無いのだが、この方々を見ると『出家って楽しい!』みたいな感じがする。
実際こういう修行者を尊敬して支える文化があるインドでは、出家によって日々の労働やしがらみから開放されるし、食べ物には困らないから結構幸せなのかもしれない。
もちろん社会的成功や、パートナーや、様々な俗的な欲望は全て捧げなければならないのだから、それはそれなりに厳しいものなのだとは思われる。
(この方々の写真もあるのだが、途中で『サドゥの写真は撮らないように』と言われているので、公開は控える。)

そうして夜も更け、この濃密な一日は終わった。
自分たちが覗き見たのはメラのほんの一角に過ぎなかったが、それでも充分にこの国の根底にある精神文化の層の厚さを感じられたように思った。
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by yuniwauta | 2007-02-12 22:03 | 瞑想

サマディツアー体験記<6日目 その4 サマディアウト後>

ダルシャンを終えた僕たちは、スピーチ会場から一足先にババジのテントに戻った。
この後もヨグマタの下にはひっきりなしにダルシャンやインタビュアーの方々の列が続いていた。

テントに帰った時、参加者の顔が皆ピカピカに輝いていた。
朝は、自分も含めどちらかというと昨日の13時間バスの疲れがちょっと見え隠れしていたのだけれど、サマディアウトのエネルギーと興奮で、そんな疲れはどこかに吹き飛んでしまったようだ。
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少しの休憩の後、昼食になった。
安心したのかもの凄くお腹が空いてきていた。
ババジのテントでは、ババジのお弟子さんたちが食事を配ってくれた。
全体に薄味なのだが、これがまたとても美味しいのだ。
チーズとグリーンピースのスープカレー、ブロッコリーのカレー、ミルク粥、揚げパン、米、生野菜サラダなど、これにミルクたっぷりコーヒーか水、スプライト。
これが椀子そば状態で、食べていると次々に盛りに来てくれる。
美味しいので喜んで食べていると後で大変な事になるので注意が必要、でもつい食べ過ぎてしまう。

しばらくして、スピーチ会場から戻られたヨグマタが部屋に現れ、ゆっくりと談笑のひととき。
と思いきや、今度はヨグマタへの『マハ・マンドレシュワリ』という称号を授与する儀式が始まった。<後記     これはジュナ・アカラというインドで最も権威のある聖者グループの儀式で、マハ・マンドレシュワリは、その中でも最高位の称号になる。写真の聖水を注いでいる方と、パイロットババジは、2000年のマハ・クンムメラにおいても、インド宗教界の代表としてチベット密教最高指導者であるダライラマと会談している。)
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サンスクリット語のお経が響く中、オレンジやサーモンピンクの僧衣に身を包んだ聖者の方々が次々と現れ、儀式が始まった。


<<ブラフマー、ビシュヌ、シヴァの三神への供物を捧げた後、巻貝に入った聖水を頭に注がれるヨグマタ。


儀式が終わって部屋に戻るが、今度はまた別の儀式。
確かインドの13ある聖者の協会の長が集まって、ヨグマタを外国人で始めて、この聖者協会に迎えるといった内容だったと思う。


とにかく始めて見る儀式だし、次々に現れるセイント集団に圧倒された。
それが終わって、皆でバジャンでも歌いましょうという事になり、少し始まりかけたなと思いきや、今度はテレビで今ヨグマタのアウトの様子が早速ニュースで紹介されているという話が飛んで来て、皆でテレビに群がる。
さすがはインド、予定通りには事は進まない。
けれど、この先に何が起こるのか分からないのが妙に楽しい。

するとババジから、クンムメラの他の会場でサドゥがいっぱいいる所があるから、そこに僕たちを案内してくれるとの事。
メラの様子をもっと見たいなとずっと思っていたけれど、ババジとヨグマタという二人のサマディ・ヨギの案内でメラを巡るなど願っても無い事だった。


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果たしてどんな世界が覗けるのか?期待に自ずと胸が高鳴る。

夜のクンムメラは色とりどりの電飾でライトアップされて、結構ド派手。
写真はババジのテントである。
電飾というとクリスマスとパチンコ屋というイメージがあったので、僕的には妙な気分だった。
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by yuniwauta | 2007-02-08 23:42 | 瞑想

サマディツアー体験記<6日目 その3 サマディアウト>

待ちに待った、アウトの瞬間が来ていた。
既に僕の前には先の南インドの聖者さんと、カメラマンの背中しか見えなかったが、携帯で映像記録を撮っていたので、右手だけを伸ばしてモニターを通して中の様子をかろうじて伺い知れた。
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アスタルの中にフラッシュが光るとヨグマタの赤い服が見えた。

ピンク色の敷布の上で、座法を組んだまま動かないヨグマタの姿があった。
周囲からのヨグマタを呼ぶ叫び声が一層高まる。




梯子が降ろされ、ババジが手を叩いて呼びかけていた。
72時間のサマディ。
水も食物も空気もなく、ヨグマタは幾多の人々の想いや期待を一身に受けて、この暗闇で何を体験していたのだろう?

しばらくして、ヨグマタの頭が動き手が動いた時、安心してため息が出た。
始めは少し眩しそうな顔をされていたが、何度か軽く柔軟をして、梯子を登って来られた。
サマディからの復活である。

太陽の下に現れたヨグマタは、入る時よりももっと軽やかで、肌は瑞々しく透き通るようで、眩しいほど輝いてみえた。

アスタルの入り口を塞いで屋根に移り、周囲の集まる人々全てを祝福した。
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祈りを捧げる人、手を振ってヨグマタの名を呼ぶ人、僕や周りにいた人は子供のように笑っていた。
この時の感情を言葉にする事はできない。
どこかは水を打ったように静かなのに、とにかく嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
皆と一緒になって叫びたくもあったが、言葉も声も出せず、ただ笑っていた。

周りも興奮状態になり、迫り来る群集に押されてアスタルを仕切る金網が切れてしまったり、もうもみくちゃの状態だったがそれも可笑しかった。


何が起こっても大丈夫だ、この生でこの場にいる事ができたのだから.....
心からそう思った。

c0037400_235949100.jpgほどなくして、スピーチ会場への移動。
通路は柵で仕切られていたが、復活したヨグマタの姿を一目見ようと、黒山の人だかりが通路を覆っていた。

ヨグマタが会場へ移動してくるにつれ、礼拝する人々の波が起きた。
日本人はおろか西洋人もほとんどいない会場は、褐色と色とりどりのサリーで埋め尽くされていたが、これは始めて見る光景で新鮮だった。

ステージ上に来たヨグマタは、一気に大勢のメディアに囲まれてしまい、すぐ脇の席にいたのに、ほとんど姿が見えなかったほどだった。


アラハバードのヒンドゥ教の最高指導者の方や、ヨグマタのサマディアウトを賛辞する多くの来賓のあと、サマディアウト後の初めてのダルシャン。

そこには、まるでちょっとお風呂にでも行って帰ってきたかのような、疲れた様子など微塵もなく、リフレッシュしてピカピカに輝いて笑顔でダルシャンをするヨグマタの姿があった。

膝に手を触れ挨拶をした時、もうその時は言葉が詰まってしまって、ただ感謝する事しかできず『夫婦でここに来れました、ありがとうございます。』と言うので精一杯だった。
それでも、心は充分に満ち足りていて、それ以上望むものは何もなかった。
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by yuniwauta | 2007-02-08 00:25 | 瞑想

サマディツアー体験記<6日目 その2 ヤグナ>

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ババジのテントに着いてしばらくして、サマディ・プレイスの隣にあるヤグナ会場へ集合がかかった。
ここでは毎日、カルマ浄化や祈願などのためのヤグナが行われていた。
ヤグナは以前、また違う集いのなかでやった事があったので全くの初という訳ではなかったのだけれど、今回はサマディツアーでのヤグナなので、自分の中の思い入れが俄然違った。
とにかく、今までのカルマを火のパワーで清めて頂きたい。
この日は心がとても静かだったので、落ち着いて家族縁者、友人知人、そうして自分に関わる全ての人々とか、あらゆる人の顔を思い出していた。

そう思っている矢先に、ふと誰かが右側に立った。
『ん?』と思う間もなく、サンダルの粉を額にべっちょり塗られて、次に紅い粉。
よくインドの写真でサドゥが塗ってるやつだなと思ったが、さて自分はどんな顔をしていたのだろう?
確かめる間もなく次は真鍮のお盆に入った火が全員に回され、葉っぱを固めたお皿に花びらと黒い粒やお米などが入ったものを渡された。

僧侶のかけ声と共にお皿に入った黒い粒状のものを火に投げる。
『オーム・ナマ・シヴァヤ!』とか、いろいろな神様の名前を叫んでおられたような気がするが覚えていない、とにかくひとフレーズ終わるごとに『スワハ!』と言いながら手に掴んだものを火に投げるのだ。
投げ入れられると香木の良い香りと共にブワッと炎があがる。
かけ声のペースが上がると、炎はメラメラと立ち上ってもの凄く熱かった。
しかし、今でもこうしてヤグナの事を書いているだけで、体が清まっていく感じがする。
そこは、本当に聖なる火の祈りと浄化の空間だった。

ヤグナが終わり、テントで少し休憩。
途中トイレに行きがてら、プレイスの様子を伺う。
オレンジ色の僧衣を纏ったネパール出身のババジのお弟子さんから話しかけられ、しばし談話、彼も実際にサマディに立ち会うのは初めてだとか?
確かこの時だったと思うが、ババジのテントにゴラク・ババジがいた。
ゴラク・ババジもヒマラヤの聖者で、ヨグマタの写真集でその存在を知ってから、いつかお逢いしたいと望んでいたのだ。
顔を見た時にすぐそうだと分かったのだが、写真で知っていたよりも白髪になっていたので、もし違っていたら失礼だしな..と思いつつ機を逃してしまった。
これは今回のツアーの唯一の後悔だ。

そうこうしているうちに『そろそろプレイスの方に移動して下さい。』の声、ついにアウトの時がきた。
バッグを掴んで一目散にプレイスに向かった。
インの時は入り口と反対側に座っていたので、今回は入り口の方に席を取った。
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じょじょに人の密度が増してきて、後ろの方では魔除けの為か?チベットのダマルに似たデンデン太鼓を鳴らし続けるサドゥがいた。
アウトは午後1時、そこまではまだ1時間以上時間があったように思う。


アスタルの周辺の特等席は様々なメディアのカメラマンたちが次々と陣取っていった。
高鳴るバジャン、『ナマーシヴァーヨー!ナマーシヴァー!』の合唱が続く。
時折誰彼となく『マハヨギ・パイロット・ババ キー!』『ヨグマタ ケイコ アイカワ キー!』と声が上がると周囲から『ジェイ!』と歓声が上がる。

パイロット・ババジやヨグマタの功績についての解説がスピーカーから大きく流され、周囲は次第に騒がしくなってきた。
ババジを見ると、時々時計を眺めながら静かにその時を待っているようだった。
しばらくして、砂の上に銀の壷から聖水(?)が撒かれ、砂が払われた。

ビニール・シートがめくられ、少しだけ端をめくってババジが中を確認した。
その時、ちょうど中に入っていた南インドの聖者(?)さんが僕の前に立ちはだかってしまったので、その後の様子は全く見えなかったが... 
『ハリ!ヨグマタジ!』の声と共に大きな拍手、僕には『ヨグマタは生きている!』と聞こえたのだが...この瞬間、ブワーッと柔らかで温かいエネルギーと芳香に包まれたようになって、体中の血が騒いだ。
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高まる歓声。
『ハリ!ハリ!マハデーヴァ!』と叫ぶ声。
周囲のエネルギーは、どんどん高くなっていた。

しかし、僕の中は何故か静かだった。
土の中の沈黙。
ババジの静けさ。
皆と一緒に叫びたい気持ちもあったが、それよりもじっとこの時を味わいたかったのだ。





そして間もなく、天井のトタンが外され、アスタルの深い暗闇が見えた。
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by yuniwauta | 2007-02-07 23:16 | 瞑想

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


by yuniwauta
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