ゆにわのうたひ

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偉人探訪 1

バルセロナのあるカタルーニャ語圏には、僕自身いろいろと思い入れのある偉人が数多くいました。
先のガウディをはじめ、ダリ、ピカソ、ミロ、モンポウやアルベニス、パブロ・カザルス。そして、後で訪れたマヨルカ島にはショパンの残り香が。
今回の旅は、こうした偉人の足跡を辿る事もひとつの目的でした。

その中でも、今回間違いなく僕をバルセロナに来させたのはフレデリコ・モンポウ。
カタルーニャを代表する音楽家でありながら、華々しい成功秘話に彩られる事無く、時に『かすみ草』とさえ喩えられる静かな偉人。
少なくとも僕の音楽人生に、いつの間にか深く深く浸透してしまった氏の墓前に詣でる事は、この旅のひとつの大きな目的でした。

お亡くなりになったのは1987年の事。とある知人から教えてもらった墓地の番地だけが頼りで、モンジュイックの西南墓地へタクシーにて移動。墓地は斜面にあって広大な敷地なので、タクシーの運ちゃんに番地を示しましたが『ここは広すぎるし、僕はよく知らないから迷いそうなんだ。自分たちで降りて探した方がいいよ。』みたいな事を英語とスペイン語のごちゃ混ぜで言われるので、とりあえず降車。
西洋の墓地なんて初めて訪れるので、物珍しくてホオ〜なんて言ってたのは最初の方だけで、折しも真夏日のような暑さ+誰も人がいない+当然カフェもトイレも自販機もない状況で次第にヘトヘトに...しかし、ここで引き返そうにも下は幹線道路、上に行けば何かあるような気がするし、番地はじょじょに上に向かっているしと、根性で歩きました。それでも、何度か迷いながら導かれるように辿り着いたモンポウ氏の墓前で、急に何かがこみ上げて来て涙が溢れました。
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お墓はひっそりとて、何の飾り気もなく、まるで氏の音楽のように静かにそこにありました。氏の音楽にはじめて触れたのは今年の一月の事。そして、わずか一年も経たないうちにこうして氏の墓前に立っている自分が不思議でなりませんでした。お墓の向こうには港と地中海が見えましたが、そこは何故か自分の生まれ故郷の尾道を連想させました。
お花を買う時間が無かったので、せめてもの手向けにと、妻と二人で氏の代表作のひとつ『君の上にはただ花ばかり』を歌いました。

このあと、モンジュイックの丘を登りきり、オリンピック広場を通過してからミロ美術館にも行ったのですが、相当疲れていたらしく写真が一枚もありませんでした。
モンジュイックは思いのほか広く、裏の方は人通りが少ないので危険とガイドブックに書いてありましたが、それ以前にタクシーも通らないので、徒歩でいくならそれなりに飲み水など確保してから覚悟して歩いた方がいいと思われます。

ところで、モンジュイックの丘には、氏の代表作のひとつで僕も一番のお気に入り『風景(パイサヘス)』という曲集の中の『湖(El Lago)』という曲があるのですが、これはモンジュイックの丘の湖が主題となっていて『モンジュイックの湖はあまりに静かで、ただカエルたちがたてる水の音が唯一騒がしいくらいである』という言葉が残っていました。
きっとこうやって歩き回っているうちにその湖にも遭遇するかもしれない、と思っていましたが、結果見つかりませんでした。
既に車が町の騒音となり、オリンピックと共に色々な建物が立ちゆくうちに、こうした小さな湖は消えてなくなってしまったのかもしれません。
しかし、それでもなお、この丘の外れた道すがらは確かに町の喧噪から離れていて、風や虫達の声がよく聞こえました。

<下は西南墓地の頂上付近から地中海を望む>
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by yuniwauta | 2008-10-29 01:14 | 西遊記

ガウディ礼賛<下>

グエル公園へは、サグラダ・ファミリアからサンパウ病院へ行った帰り道に、タクシーを拾って向かいましたが、リゾート終盤の混雑で全く進まず料金が加算されるばかりなので、結局途中で降りて徒歩で。
暑い日だったので入り口までの坂道が結構キツかったですが、もの凄い人で賑わっていました。
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岩陰でギターを弾くミュージシャンがいたり、近くの保育園(?)の子供達が遊ぶ声が響いたり、ここでは観光客も市民も皆、ただこの公園を憩いの場として楽しんでいる感じで和みました。公園を造る時に山を削った時に出た岩をそのまま使って造られた建築は、原始人の住居のようでもあるし、ただの自然にできた洞穴のようでもある。
しかし、単純にその地にあったものでそのまま建物を造るというのは風土的にも、エコ的にも理にかなった事で、それらはまるでただ木が生えているようにそこにあって、それでいて歩いていると何だか自然に楽しくなって来るような、何とも形容し難い感覚でした。
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数日後に訪れたコロニア・グエル教会。
ここはスペイン広場から電車で2〜30分。時期が外れたのか駅を降りても誰もいないし車通りも少なく多少不安を感じつつも、何となく歩いていると着きました。
元繊維工場があって従業員のための社宅を含めた工業都市計画で造られた町らしいのですが、今は当時の活気はあまり感じられず、静かな集落でした。
インフォメーションでチケットを買って、まずは教会へ。
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後で知りましたが、実はここ、内部撮影禁止だそうです。ただ、一緒に入っていた方々が館内説明をされながらフラッシュをバシバシたいて写真を撮っていましたので、こちらも遠慮なく撮りました。何だかバルセロナはどこもこんな感じがあって、一応禁止とか、注意はするけれど、見てなかったらオッケーとか、まあいっかみたいな適当さが各所に見られました。美術館でも皆さんフラッシュ撮影しまくってますが、日本じゃあり得ないですね。
ところで、このコロニア・グエル教会は建築学的に見ると、もの凄い傑作なのだそうです。ガウディの有名な逆さ吊り模型の実験成果を初めて実地で応用した建物という事もあるそうです。僕は難しい事はよく分かりませんが、何せ不思議だったのは中にいるのに、目をつむるとまるで戸外に居るような感覚になった事です。
天井の圧迫や閉塞感はまるでなく、通気がとてもいいからでしょうか?この建物には重さがないんじゃないか?と思えるほどでした。
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外壁には焼きレンガとか製鉄した時に出る澱や廃材などが用いられていて、これって今風に言えばリサイクル建築の走りなんですよね。それらが火で焼かれているという共通の行程を経ているので、この建物は火によって浄められているという崇高なテーマも現していたり、エコと芸術と緻密な計算や建築の力学から信仰に至るまで、ありとあらゆるものを内包してなおかつ人を和ませるような不思議な建物。

言葉にするのはとてもチープな感じがしますが、ガウディを訪ねた人は、多かれ少なかれ皆この不可思議な調和の感覚を、どこかで感じるのではないかな?と思いました。
人が文明を持ってして、自然を破壊してしまうのは必要悪かもしれないけれど、例えばこんな調和の形があるよと、ガウディはその建築をもって語りかけてくるように思いました。
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by yuniwauta | 2008-10-26 01:26 | 西遊記

ガウディ礼賛<中>

周囲を囲む、山の稜線と完全に調和していたカサ・ミラ。
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巨大ウニのようなカサ・バトリョのシャンデリア(?)
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当然ながらサグラダ・ファミリアの近くにあったカサ・ミラと、そこからちょっと歩けば着くカサ・バトリョにも行きました。
時にカサ・バトリョはアートと実用性と革新的発想が見事に表現されていて、それこそ『すげー!すげー!』と言いながら2巡しました。(チケット代が大変高いので、元を取りたいという気持ちもなきにしもあらず..)
屋根裏部屋の採光と通気のアイデアは当時の建築にはない独自の発想だったそうです。メイドさんたちの仕事場や寝泊まりする屋根裏の空間は、決して豪奢ではありませんでしたが、白い壁と柔らかい線、間接照明のように差し込む日差しが心地よい、とても和む空間でした。こういう社会的弱者に対して向けられたガウディの優しいまなざしが感じられたお気に入りの場所です。
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それにしても、普通の通り沿いに突然現れるガウディの建築ですが、よく見てみるとその周りの建物にも結構面白いものや、近いものがある。
これはガウディに影響を受けたというヴァレリ作のカサ・コマラ。ちょっとドアが開いた時に中を見たら凄かったですが、どうも裏がもっと凄かったらしい。次回行った時の楽しみがまたひとつ。
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by yuniwauta | 2008-10-26 00:37 | 西遊記

ガウディ礼賛<上>

今回の旅の目的のひとつは、やはりガウディ。
バルセロナといえばガウディと言われるほど有名になってしまった今となっては、それらは単なるひとつの観光名所でしかなくなってしまっているのではないかという危惧はありました。何せ20数年の想いが募りすぎて、いざ目の前にするのが怖かったくらいでした。
オスタルから向かいの道をまっすぐ左へ15分ほど、夢の中でうなされた事もある『それ』は、確かにそこに建っていました。
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とは言え、そちらの方向から見えたのは『受難のファザード』と言われる門、こちらにインフォメーションがあったので早速入りましたが、こちらはちょっと彫刻や雰囲気がモダンな感じで何か自分のガウディ像とはちょっと違う気が...なので、未だ建築中の中を通り過ぎてまずは『生誕の門』へ、そう、これが現実にあるかどうか見たかったんだ、とココロの中で叫びました。(写真はガウディ通りから見た生誕の門、この通りを反対に進むとサン・パウ病院というこれまた奇妙な建物がたくさんある病院に続きます)
一体、同じような気持ちでここを訪れた人が世界中にどれだけいる事か....

ガウディの建築はどれもそうでしたが、ここも中に入ってみると建物の圧迫感というものがまるでない。まるで巨大な森の中に迷い込んだような不思議な安堵感と有機的な構造、これらが石やコンクリートによって造られた人工物であるという事を時々忘れていました。
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クジラの脊髄か、巨大巻貝の中に入ったかのような螺旋階段。
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夜はライトアップされて、また独特な雰囲気。
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サグラダ・ファミリアが特にそう感じましたが、何となく今まではガウディの建築=ちょっと奇抜で、奇妙な形態と酩酊感、といったイメージがあったのですが、それは完全にただの思い込みに過ぎませんでした。
それらは人々のために造られた、決して芸術家のエゴを満たす為のものではない『優しい』建築で、何より自然から生えて来たかのような必然性と有機的な柔らかさに満ちていました。
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by yuniwauta | 2008-10-25 23:40 | 西遊記

バルセロナ残照<2>

今回はエール・フランスを使ったので、バルセロナまでは成田からパリ経由でトランジット含めて14時間ほど。映画を2〜3本見ていたらあっと言う間に着いてしまいました。
20数年の伏線を考えると、いざ飛んでみれば随分とあっけない....そもそも『ヨーロッパ旅行=高い=自分には無理』という図式がどこかでインプットされていて、行けるという可能性をどこかで諦めていた感があります。

それが去年のリヨン行きであっさりクリア。
ところがスペイン語の勉強はなぜかさっぱり進まず、せっかくだからバルセロナを中心に使われているカタルーニャ語も覚えていこう意欲に燃えた事もありましたが、何せ旅行会話集的なテキストがてんで無い(スペイン語自体はふんだんにあるのですが.....)いずれにしても、慣れないスペイン語で質問して、スペイン語で返されても分からないし、英語も通じないとなれば、あとはもう身振り手振りと直感にまかせれば何とかなるさと思ったのと、何故か全然大丈夫な気がして基本的には挨拶と数字、『トイレはどこですか?(これは必須!)』程度しか覚えずに渡西。
それでも2週間の日程で、言葉でもの凄く困った事は特にありませんでした。
これは、ひとえに土地の人たちのおおらかさとあたたかさが故ではないかと思います。

もちろん、感じのいい人もいれば悪い人もいる。水ひとつ買ってもムスッとしてお釣りを投げてよこすような人も若干いましたが、大半はいい感じでニコッと笑みを返してくれて親近感が湧きました。
メトロ(地下鉄)に乗っていても若者がごく自然にお年寄りに席を譲ったり、体の不自由な人にスッと手を貸したりしている姿をよく見かけましたが、お年寄りさんが皆何だかとっても幸せそうだったのが印象的でした。リゾートシーズンの終わり頃だったので、そういう事もあってかもしれませんが.....

噂に聞いたシェスタ、本当に店が閉まってるのには最初戸惑いました。日曜日は繁華街でもカフェ以外は休業している店が多く、かわりに出店やらストリートパフォーマンスなどが多々ありますが、中にはそれでもシェスタは休んでいるところもあって、商売根性がないというか、せっついていないというか...それでも生活が成り立っているのだから余程生産効率が良いのでしょうか? 消費税は16%だから結構高いですが、福利厚生がとてもしっかりしているようなので、それはそれでいいかもしれません。

僕の何となくの感じですが、現地の人にとっては1ユーロ=100円くらいの感じなのかな?と思いましたが、実際には訪れた時期は1ユーロ=157円でしたので、換算するとかなり割高感はありました。一回の食事が二人で安くても20ユーロ、ちょっといい所でたべると35ユーロ以上しましたので、3000円から5000円くらい。旅行中とはいえちょっと贅沢、朝はオスタル近くのカフェの朝食(コルタド(ミルク入りコーヒー)とクロワッサン程度)を摂り、お昼か夜に一食だけお店で食べて、あとはスーパーでチーズやら缶詰やらワインやらと買い込んで部屋で食事をしていました。
それでも、結局歩き疲れて途中でカフェに寄ったり、美味しそうなものを見るとちょこちょこつまんだり飲んだりするので、やはりかなり食費がかさんでしまいました。

チーズはヤギ乳のものが豊富、しかも激安。スペインのチーズは上質で有名らしいのですが、ほとんど本国で消費してしまうのであまり輸出されていないのだとか。ヤギチーズは最初臭いですが、慣れてくると牛チーズよりもさらっとしていて、毎日毎食食べてもしつこくなくて美味しかったです。日本のスーパーでも是非置いて欲しいですね。
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ストリート・パフォーマンスは、塗り物のマイム系が多かったです。
お金を入れると動きます。
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by yuniwauta | 2008-10-20 02:12 | 西遊記

バルセロナ残照<1>

身近な方々にはお知らせしていましたが、先月、長年の夢であったバルセロナへ行ってきました!

そもそもの始まりは、一遍のCM。
同世代の方は記憶にあるのでは?と思いますが、かれこれ20数年前のサントリーのCM、『ランボー編』『ファーブル編』と並んで放映された『ガウディ編』
カサ・バトリョで大きな顔の面をつけたバレリーナが踊り、カサ・ミラの屋上で奇妙な生き物が覗き、最後に水面に映るサグラダ・ファミリア....これに、マーク・ゴールデンバーグの音楽という素晴らしいマッチングで、当時中学生であった僕でしたが、一撃でこの秘薬のような幻想的なイメージに完全にノックアウトされてしまいました。

サントリー ローヤル ガウディ編

翌年になって、友人がこのマーク・ゴールデンバーグのアルバム『鞄を持った男』のレコードを持っていたので早速コピーしてもらい、それこそ夢中になって聞いたものです。
断片的にしか知る事が出来なかったガウディのイメージは、頭の中でどんどん膨れ上がり、それからの作曲やデザインなどの作品作りにはそのイメージが色濃く影響していました。
高校生になって、僕のガウディ好きを知った知人が写真集をプレゼントしてくれ、バルセロナへの憧憬はますます強いものになっていきました。

ところが、92年にオリンピックがバルセロナで開催され、ブラウン管に急激にガウディの露出が増えていくにつれ、何だか夢が壊されてくような気がして熱が冷め、他に興味の対象もいろいろと出て来た事もあって、バルセロナの事は次第に脳裏から消えていったかのように見えました。

それから長い伏線のあと、つい今年の始めに偶然知ったモンポウという作曲家。氏のピアノ曲に触れた途端、自分の中にあった何かがポーンと共鳴しはじめました。それは懐かしいような、自分の胸中をふいに言い当てられたような、何と表現していいか分かりませんが、とにかく魂が共鳴したとでも言った不思議な感覚でした。
そうすると居てもたっても居られなくなって、とにかくこの方の音楽をもっと知りたい、この音楽が立ち上ってきた土地を踏んで、空気を感じてみたいと強く求める気持ちが湧いてきました。
その、モンポウの産まれ育ち、生涯を終えた土地がまたバルセロナでした。

思い出せばガウディ、ダリ、ミロ、そしてモンポウと、僕にとって大きな刺激を与えてくれた先人は、バルセロナも含むカタルーニャ地方に集中していました。
そうした先人の跡を辿りその土地を踏む事で、何か自分にとって奥深いものが刺激されるような気がして、ほとんど衝動的に旅行の日程を決め、気付くとスペイン行きの飛行機に乗っていました。

今回は完全にフリーの日程でしたし、初めてのスペイン語圏で英語も通じない事が多いと聞いていましたので、オスタル・ヒルという日本人のご夫婦が経営されているオスタルに宿をとり、そこを拠点に動きました。
写真はオスタルの部屋からの眺め、通りの向こうにサグラダ・ファミリアが見える好立地でした。
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by yuniwauta | 2008-10-20 00:49 | 西遊記

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


by yuniwauta
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