ゆにわのうたひ

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向こう側へ

去る11月30日、尾道の祖母が亡くなりました。

享年87歳。

僕が覚えている限り、盲腸と網膜剥離があったくらいで、これといって大きな病気もなく、亡くなる直前まで普通に生活し、押し車を押して畑にも出ていたそうです。
亡くなる日の前日だけ、母親の介護を受け、当日の朝も自分でリンゴを食べ、まるで眠る様に静かに、向こう側の世界に旅立ってしまいました。

祖母の容態の変化の知らせを受けたのは亡くなる前日の昼過ぎ、父親からのメールでした。
翌日、見舞いに駆けつけようと家を出て間もなく、息を引き取ったという知らせ。
それまで、何の前触れもなかったために、僕の中でもあまりにも突然過ぎて、葬儀も滞り無く終えて、今こうして日記を書いていても、まだ正直実感が湧かないのです。

僕の一番古い記憶は、歌の海岸を祖母と散歩しているところから始まります。
トムとジェリーの型抜きのガムを買ってもらって、夕方の海岸を歩きながら食べていました。
『マー君、甘いもんばっかり食びょったら虫歯だらけになるど。』
そんな事を言われた記憶があります。
確か3歳頃の記憶ですから、祖母は50歳くらい。今の僕は、その頃の祖母と、すでに10歳くらいしか違わない年になってしまいました。

昔の祖母は、割合、古い田舎の因習に縛られていたように思います。
人目を異様に気にしたり、近所のうわさ話をしたり、理由もなくやってはいけない事があって、そこはテコでも動かない。幼い僕はしょっちゅうそんな祖母に反抗しました。
中学を卒業して福山に引っ越すまでの15年間、同じ家にずっと暮らしていましたが、僕は祖母にはとにかく我が儘の限りを尽くし、反抗し続けていました。

それからは盆と正月の僅かな時間だけ、何年も帰らない時もありました。
ここ10年くらいの間は、それでも年に一度は顔を見せには行っていたように思います。
いつしか、祖母も柔和になり、僕自身も色々と波に揉まれていくうちに、お互い穏やかに話ができるようになって、ここ数年は本当に優しく、時に少女のように笑う『可愛らしいおばあちゃん』になっていました。

近しい友人や知人の死は、今までにも何度も経験してきましたが、幼少時に一緒に暮らしていた家族の死というものは、実のところ初めてと言っていい経験で、特にこうして家を離れて暮らしている今となっては、祖母の死をどう受け止めたらいいのか、分からないでいます。

しかし、祖母の死に顔は本当に穏やかでした。死化粧をした祖母は奇麗で『あれ?おばあちゃん、こんなに美人だったかな?』と思ったほどでした。単に眠っているだけで、ふと目を開けて『マー君か?』と言い出しそうなくらい。
骨になって火葬場から出て来た時、ああ、これで本当に終わりだなと思いました。
帰る身体が無くなってしまった。
もう、おばあちゃんに触れる事はできないんだな、と。

今、思う事があります。
ちょっと変なんですけど、祖母があちらの世界に旅立って行ってしまった事で、『ちょっと遠い外国に家族がいるんだ。』みたいな気持ちが、いつからか湧いてきました。
向こう側と、こちら側が、繋がったとでもいうか。
不思議な気持ちです。
もう距離は関係ない。
どこにでもいるし、いつでも話す事ができる。
今となっては『ありがとう』しか出てきません。
『うるさいよ』とか『放っといて』なんて言いません。


おばあちゃん。ありがとう。
可愛がってくれて、ありがとう。
僕の身体は、4分の1、あなたです。
あなたの孫で、良かった。

今、本当に、そう思います。
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by yuniwauta | 2010-12-05 01:52 | 雑記帳

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


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