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ゆにわのうたひ

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与平

久しぶりに思い出した。
あれは夢だったのか現実だったのか。

僕の実家の庭先に、昔小さな納屋があった。
4畳半の部屋がふたつ、廊下と風呂、便所、そして小さな土間の台所。
僕が幼い頃は、もうここには誰も住んでいなかったので「納屋」と呼んでいたが、もともとはじいちゃんやばあちゃんが若い頃に住んでいた家だった。

誰も住まなくなって随分になるので、屋根は崩れ、壁は穴があいて今にも倒壊しそうだったが、かろうじてまだその形をとどめていたので、時々中に入って遊ぶ事もあった。

古いタンスがカビだらけになっている。
昭和の初め頃の新聞の切り抜きや、壊れた木琴なども転がっていた。
そして、そこでひときわ目を引いたのが、壊れた柱時計だった。

その時計はねじを巻いてみても動かなかったが、まるで誰も住まなくなったこの家の時間と同じように、柱にかかったまま止まっていたのだ。

しんと静まり返った午後。
幼い僕はふと思いついた。
「あの時計の針を逆に回したら、この家の止まった時が動き出すんじゃないだろうか?」
僕はこの思いつきに驚喜した。

早速柱から時計を外し、ふたを開けて長針を逆に回してみる。

が、当然何も起こる訳はない。
ふとした思いつきの興奮から覚めてふーっとため息をついた。
そうして、ふと壊れた土壁の、組んだ竹の間から外を眺めた。

何かが違う。

普段ならそこにはイチジク畑が続いている。
壁の穴から、たわわに実をつけたイチジクの木が見えるはずなのだ。
なのに、そこからはやけに茶色い土と、乾いた草むらが見えた。

もう少しよく見ようと、僕は壁に近づいた。
やはりいつもと違う。
乾いた草むらの向こうには藁葺きの民家が見え、煙出しからもうもうと白い煙があがっている。
すると、人の気配がした。

背格好は痩せて、背中が少し曲がっている。
150センチくらいだろうか、随分小柄な印象だった。
歳は20代半ばくらいか?
色あせた絣の上っ張りを引っ掛けた、顔中にニキビがある薄汚い百姓が、壁の向こうからこちらを見ている。

「与平」

何故か、その名前が口をついて出た。
すると、その百姓は大慌てで壁の方に寄って来た。

「だんな様!だんな様!
お願いじゃけぇ、このことはお父ちゃんには黙っといてぇや。
わしゃ何でもするけぇ.....頼むけぇ....」

すると
「お前は早うおとっちゃんのとこへ帰れ!
おとっちゃん熱出して死にそうなんじゃ、早う帰れ!」
そう叫んでいる自分がいた。

心の中では分かっていた。
与平のお父さんはもう助からない。
そして、それは大層悪い病気で、与平も既にその病にかかっているのだ。
それはなす術もない。
可哀想だが、何もしてやれない。

その時、ボーンと鈍い音を立てて、柱の時計が鳴った。
その音に後ろを振り返ると同時に、僕は我に帰った。

今のは何だったのか?
もう一度壁の穴を覗いたが、そこにはいつものイチジク畑が広がっているだけだった。

それからは、怖くて二度と納屋には入らなかった。
それからしばらくしてその納屋は壊され、壊れた柱時計も壁の穴も、既に記憶の中にしか存在しないものになった。

しかし今でも、あの与平の薄汚れた顔は、僕の脳裏に焼き付いている。
by yuniwauta | 2005-10-13 16:41 | 幽玄閑話

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


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