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ゆにわのうたひ

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倍音の妙

楽器、特に生楽器には、実際に発音している音の中に「倍音」と呼ばれる周波数の成分があって、これが楽器の音色を決定する重要な要素になっている。

楽器演奏者の方ならほとんど経験があると思うが、この倍音が時に不思議な現象を引き起こすことがある。あるはずの無い音が聞こえるのだ。

僕自身の経験だが、夢中でピアノを弾いていたりすると、誰かが大声で呼んでいるような声が聞こえてきて 「お客さんかな?」 と思って手を止める。しかし確かめにいくと別に誰も来ていない、という事がよくある。
時に凄くはっきり 「すみませ〜ん」と耳の近くで聞こえてびっくりすることもある。

ヴィーナや琴等の弦楽器は更に顕著で、時々女の人が高い声で歌っているように聞こえる時もある。ロマンチックに「天使がやってきて一緒に歌ってるんだ〜!」と思うのもいいけれど、実際はこれらは倍音の仕業である。

これらは前出の「ロールシャッハ音」(意味の無い周波数の固まりを耳にしたとき、今までに経験したことのあるものに当てはめて知覚しようとする脳の働きがある。これを引き起こす「特定の意味のない音」のこと)の一種だが、場合によっては見事に人間の声として聞こえたり、単語として聞こえる場合もあって非常に面白い。

僕の知る中で、かなりこうした錯覚を生じさせやすい音源として「アーリーワークス/スティーブ・ライヒ EARLY WORKS/STEVE REICH」 がある。

この中に2曲ほど、短い1小節程度の音節を何度も繰り返し(ループ)させた二つもしくはそれ以上のテープを、ほんのわずかだけスピードを変えて同時に流す、といったものがある。

言葉では説明がし辛いが、音をシュレッターにかけたような、万華鏡の音バージョンのような不思議な音響が現出する。音源は、ある黒人の少年が白人にリンチに合った事を裁判で証言するにあたって、自分の傷口をもう一度開いて見せなければならなかった(COME OUT SHOW THEM)と語ったシーンの言葉。これが繰り返される。

はじめは言葉として聞こえていたものが、だんだんと複雑になっていって、しまいには声なのか、ノイズなのか分からない不思議な音になってゆく。実際英語の(COME OUT SHOW THEM)が繰り返されているだけなのに、日本語的にいろんな風に聞こえてくるのが面白い。


こうした、意図的に作り出された音響以外でも、こうした現象は日常しょっちゅう起こっている。ちょっと気にしてみると、意外とたくさんあるものだ。

今までで一番印象的だったのは、数年前に山梨の昇仙峡に行った時の事、ちょっとした瀬のところでおにぎりを食べていたら、どこからともなく陽気なおじいさんの歌が聞こえてきたのだ。

ちょっと都々逸というか、音頭のような歌だったので「近くでお祭りでもやっているんだな?」と思っていたのだが、付近を探してみても全くそんな様子がない。おかしいな?と思いながらさっきの場所に戻ると、また同じように歌が聞こえる。

近くにいた妻を呼んで聞いてもらったが、やはり同じ。「まるで太鼓腹の布袋さんみたいなじいさんが、半分酔っぱらって浮かれ調子で歌っている」ように聞こえると言った。
試しに一緒に歌ってみると、全く同じフレーズだ。

ではこの声は一体どこから?と探しまわったが、どうやら声が聞こえる場所は限られていて、ある場所以外ではただの瀬の音にしか聞こえない。さっきおにぎりを食べていた場所だけが、まるで異界への扉のように、「じいさんの歌」で満ちているのだ。

結局、水の瀬音に含まれる倍音が複雑に反射してある一点に集ったとき、それが「じいさんの歌」と似た周波数の集まりとなって聞こえたのだろう、という結論になった。

しかし、ここまで冷静に分析しても、やはりその音はまぎれもない「太鼓腹の酔っぱらいじいさんの歌」にしか聞こえず、僕たちはしばらくその場で、この不思議な歌を堪能させてもらった。

こうした現象が「仙人」や「天狗」等の伝承のもとになったのかどうかは定かでないが、物理現象として割り切ってもなお、この「主なき声」には底知れぬ魅力を感じてしまう。

きっと今も、誰もいない谷間の小さな瀬で、相変わらず酔っぱらった太鼓腹のじいさんが、あの歌を歌い続けているに違いない。

そして、世界中のいろんな場所に、誰にも聞かれることなく歌い続けている、無数の見えない歌い手がいるに違いないのだ。
by yuniwauta | 2005-02-07 03:43 | おとだま紀行

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


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