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ゆにわのうたひ

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2005年 01月 30日 ( 2 )

あわのうた (1)

「秀真伝(ホツマツタヱ)」という古文書がある。
一説によれば偽書、はたまた縄文中期の貴重な文献で古事記のもとになった書物とも言われる。

私がこの書物に興味を抱いたきっかけは、巫女の友人の家に遊びに行った時の事。
机の上にあった「言霊〜ホツマ/鳥居 礼 著」のページを、何気なくめくっていると「葛垣打琴(かだがきうちのこと)」という文字が飛び込んで来た。そこではたと思い当たる事があり、しばらく呆然となってしまった。

というのも僕自身、何年か前のファッションショーのイベントで音楽を担当した際に、たまたま和的な音が欲しいというオファーを受けて、普通の十三弦を太めの菜箸で叩くというスタイルで演奏した事があった。以降これが定番となって「琴を叩く=打琴」というのが、僕にとってのキーワードになっていたのだ。あくまで思いつきの事...と思っていたのに、実は古くからある奏法で、出雲大社では琴のボディーだけのものをバチで打つというものもあるという。

そんな事で、すっかりこの書物に心を奪われて、完訳本まで手に入れて読みあさった。
そこで出会ったのが「あわのうた」だった。

「あわのうた」
アカハナマ  イキヒニミウク
フヌムエケ  ヘネメオコホノ
モトロソヨ  ヲテレセヱツル
スユンチリ  シヰタラサヤワ

この57調の48音の歌だが、いろはうたと同じように言葉を覚えるのに使われたらしい。
面白いのがこの歌を琴の音に合わせて歌うと「五臟六腑が整い、声が明るくなる」と言われていること。少なからず医術に関わる者としては試さないでおく手はない。

そんな思考錯誤の中で生まれたのがCD「あわのうた」だ。
この作品を作った頃、各地の神社での奉納やライブでこの歌をお客さん達と歌ったが、いつも会場の空気がスーッと澄んでいくのが分かった。もちろん皆で声を出すという行為のお陰でもあるが、合唱練習をしたからといってこうはならない、やはりこの歌に宿る「言霊」のなせるわざではないかと思っている。余談だがDJをしている友人は、地下室の濃密な空気の中でプレイしたとき、会場の空気があまりに重いので試しにこのCDをかけてみたら、スーッと場の空気が晴れたという話をしてくれた。

今現在、ことばに対する感性は、例えば「水からのメッセージ」のように、波動結晶という目に見える形で認識されつつあるとは思うけれど、実際の感性自体は「コトダマ」という言葉の流布ほどには浸透していないように思える。

いにしえの日本人が、どんな風に「ことば」そのものにマジカルなパワーを感じていたのか...

興味のつきぬところである。
by yuniwauta | 2005-01-30 22:50 | かむながら

祝大社温泉湧出!

大社の大鳥居のそばにある吉兆館の横は、去年からずっとボーリング作業をしていたのだが、27日付の新聞で「大社町の温泉湧く!『神泉』と命名」との記事。
何となく活気に欠けている神門通りが、この温泉で活気付くのを期待するばかりである。

これが完成すれば、遅ればせながらも「千と千尋の神隠し」よろしく、八百万の神様方(観光客様方)ご利用のお湯や誕生となる訳だ。

うちの近所では歴史博物館の工事が進んでいる、温泉と新たな展示で、どれくらいの集客が見込めるのか分からないが、何せ地元の古い世代の方の話を聞くと、皆さん揃って「お客が少ない」とか「祭りが地味になった」という。何せ集客はピーク時の5分の1、最近は出雲パックツアーでも大社に寄らないものも多く、なんとも寂しい話。「温泉と一緒にお客も湧いて出てほしい」という旅館経営者の談も切実なものがあるように感じる。

かつては大社の例祭も、サーカスや見せ物小屋が来たり、所狭しと並ぶ露天商で賑わっていたらしい。少し先の堀川沿いは柳並木で、九州から東北にかけて、海伝いに港から港へと渡り歩く「船商人」のための遊郭まであり、吊り橋を渡っていく小さな温泉もあった。

やがて鉄道が開通し、陸運の発達と共にこうした港町はしだいにさびれ、温泉もやがて枯れてしまって操業停止となったという事だが、桶を片手に柳並木の川端を母に手を引かれながら温泉に通ったという話を、いつだったか当時この辺りに住んでいたおばあさんから聞かせてもらったことがある。古き良き時代の残照である。

さて地元に温泉ができて、めでたいという気持ちはあるが、さて自分が入るかというとちょっと迷ってしまう。なぜかと言うとご近所さんとお風呂でばったり、ということもあり得るからだ。

先にもブログに書いたが、自分が湯船で阿呆面をしてユルんでいるところをいつ何時、誰が見ているとも限らない。まあそんなに気にする事はないのだけれど、何となく気恥ずかしい感じがするのは何故だろう? 銭湯通いも随分したが、よく考えてみれば世田谷の近所には知り合いがいなかった、今は違う。

こんなロン毛のあんちゃんがサウナで汗だくになっているところへ、年配のおじいさんが「先生。」と言って話しかけている様子を想像するともの凄く奇妙だ。やはりこんなことは大社であってはならぬのだ。

ともあれ、温泉が完成し、夜の神門通りを浴衣姿のお客さんが歩く姿ももうじき見られるようになるかもしれない。いつも誰もいない夜の大社を散歩していて「自分たちだけで、こんな静寂を味わってるなんてもったいないな〜」と思っていた。遠方から来られる方には是非おすすめしたい。

神苑は夏の夕涼みに最高なのだ。
by yuniwauta | 2005-01-30 01:58 | 雑記帳

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


by yuniwauta
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