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ゆにわのうたひ

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2005年 02月 07日 ( 2 )

金色のクラスメイト

ある研究者の談によれば、子供というのは7歳前後までは「夢の世界の住人」で、現実と夢との境界線が曖昧なのだそうだ。なので、何か周囲の刺激によって自分の中で想像した世界に没入して、完全にその世界の主人公として生きる事ができるのだ。

誰しも子供の頃に、「説明不可能な現象」に出会った記憶をいくつかは持っているのではないだろうか?

それらの事柄に様々な注釈をつけて、理論的に説明することもできるかもしれないが、こうした事に限って自分の体験として逆に現実よりも鮮やかに記憶されていることもある。

こんな事があった。

僕が小学校の確か2年生の頃、その頃学級委員をしていた事もあって、風邪等で学校を休んだ子がいると、見舞いがてら給食のパンと一緒にプリントなどを届けに、クラスメイトの家を訪ねたりすることがよくあった。何分小さな島のこと、だいたい誰の家がどの辺にあるか。自然に覚えていたものだ。

ある日、一人の女の子が学校を休んだ。その子は転校してきて間がなかったが、おとなしい子で、まだ話らしい話をしたことはなかったように思う。随分と熱が高いとのことで、いつものようにパンとプリントを持って、帰り道にその子の家に向かった。

その子の引っ越してきたところは新興住宅地で、前はだんだん畑だったところに2〜3ヶ月前から何軒かの家が建ち始めた中にあった。行けば表札で、その子の家が知れるだろうと思っていた。

その住宅地に向かって太い道路を曲がり、その一角にさしかかった時、何故かそこにあるはずの住宅はなく、真っ白いトレーラーハウスのような家が10戸ばかり、円を描くように止まっていた。

住宅はできて間がなかったこともあって、イメージがはっきりしていなかったので、ここはこういう所なんだなあと、さして違和感も感じずにその子の名字を探した。そして、一軒のトレーラーハウスにその表札を見つけ、ベルを鳴らした。

「は〜い」

そう言って彼女のお母さんと思しき人が家から出てきたが、瞳の色が異常にうすい茶色で、髪の毛も茶色、服も茶色、おまけに肌の色がおしろいを塗ったように白い。

少し妙な感じはしたが、別段気にするでもなく「給食のパンとプリントを届けに来ました」と言って、それを手渡した。すると、隣の家のドアが開いて、お隣の奥さんが出て来た、しかしお隣の奥さんは、髪の毛が緑色で、瞳が金色に光っていた。

気付くとあちこちの家から、誰彼となく人が出て来たのだが、皆髪の毛が紫色だったり黄色だったりしていて、何となく霧の中をふわりと漂うように、半ばうつろに歩いていた。

そんな周りの事はお母さんは全く気にかけない様子で、
「うちの子を呼んでくるから、ちょっと待ってて」と言って、家の中に消えた。

そしてしばらくして出て来たのは、例のクラスメイトの女の子....によく似ていたが、その子は髪の毛も、瞳も、服も、肌の色も皆、金色に光っていた。

「ありがとう、これお母さんがお礼にって...」

そういって、小さな黄色い仁丹のようなお菓子をくれた。

「早く元気になって、学校に来てね」

そう言って彼女の家を後にして、自分の家に帰った。

家に帰っている途中、ふと手の中の仁丹を見たが、それはこの辺りでは見かけないお菓子だった。食べてみるとものすごく酸っぱい味がした。

そうこうしている内に正気に戻ってきて、さっき自分が見たものが尋常なものではなかった事に今更ながら気付き、怖くなって一目散に家へと走った。

翌日、その子は学校に来たが、体は当然、普通の女の子だった。
帰り道にその子の家にもう一度行ってみたが、そこには白いトレーラーハウスなどどこにもなくて、ただの新興住宅地で、新築の家が何軒か建っているだけだった。

それからも何度かそこを通るたびに確かめてみたが、あの白いトレーラーハウスと不思議な住人の姿はどこにも見当たらない。

例の彼女にもその事について一度聞いてみようと思っていたのだが、何となく怖くて聞けないで二の足を踏んでいる間に、その子は転校して行ってしまった。
by yuniwauta | 2005-02-07 18:51 | 幽玄閑話

倍音の妙

楽器、特に生楽器には、実際に発音している音の中に「倍音」と呼ばれる周波数の成分があって、これが楽器の音色を決定する重要な要素になっている。

楽器演奏者の方ならほとんど経験があると思うが、この倍音が時に不思議な現象を引き起こすことがある。あるはずの無い音が聞こえるのだ。

僕自身の経験だが、夢中でピアノを弾いていたりすると、誰かが大声で呼んでいるような声が聞こえてきて 「お客さんかな?」 と思って手を止める。しかし確かめにいくと別に誰も来ていない、という事がよくある。
時に凄くはっきり 「すみませ〜ん」と耳の近くで聞こえてびっくりすることもある。

ヴィーナや琴等の弦楽器は更に顕著で、時々女の人が高い声で歌っているように聞こえる時もある。ロマンチックに「天使がやってきて一緒に歌ってるんだ〜!」と思うのもいいけれど、実際はこれらは倍音の仕業である。

これらは前出の「ロールシャッハ音」(意味の無い周波数の固まりを耳にしたとき、今までに経験したことのあるものに当てはめて知覚しようとする脳の働きがある。これを引き起こす「特定の意味のない音」のこと)の一種だが、場合によっては見事に人間の声として聞こえたり、単語として聞こえる場合もあって非常に面白い。

僕の知る中で、かなりこうした錯覚を生じさせやすい音源として「アーリーワークス/スティーブ・ライヒ EARLY WORKS/STEVE REICH」 がある。

この中に2曲ほど、短い1小節程度の音節を何度も繰り返し(ループ)させた二つもしくはそれ以上のテープを、ほんのわずかだけスピードを変えて同時に流す、といったものがある。

言葉では説明がし辛いが、音をシュレッターにかけたような、万華鏡の音バージョンのような不思議な音響が現出する。音源は、ある黒人の少年が白人にリンチに合った事を裁判で証言するにあたって、自分の傷口をもう一度開いて見せなければならなかった(COME OUT SHOW THEM)と語ったシーンの言葉。これが繰り返される。

はじめは言葉として聞こえていたものが、だんだんと複雑になっていって、しまいには声なのか、ノイズなのか分からない不思議な音になってゆく。実際英語の(COME OUT SHOW THEM)が繰り返されているだけなのに、日本語的にいろんな風に聞こえてくるのが面白い。


こうした、意図的に作り出された音響以外でも、こうした現象は日常しょっちゅう起こっている。ちょっと気にしてみると、意外とたくさんあるものだ。

今までで一番印象的だったのは、数年前に山梨の昇仙峡に行った時の事、ちょっとした瀬のところでおにぎりを食べていたら、どこからともなく陽気なおじいさんの歌が聞こえてきたのだ。

ちょっと都々逸というか、音頭のような歌だったので「近くでお祭りでもやっているんだな?」と思っていたのだが、付近を探してみても全くそんな様子がない。おかしいな?と思いながらさっきの場所に戻ると、また同じように歌が聞こえる。

近くにいた妻を呼んで聞いてもらったが、やはり同じ。「まるで太鼓腹の布袋さんみたいなじいさんが、半分酔っぱらって浮かれ調子で歌っている」ように聞こえると言った。
試しに一緒に歌ってみると、全く同じフレーズだ。

ではこの声は一体どこから?と探しまわったが、どうやら声が聞こえる場所は限られていて、ある場所以外ではただの瀬の音にしか聞こえない。さっきおにぎりを食べていた場所だけが、まるで異界への扉のように、「じいさんの歌」で満ちているのだ。

結局、水の瀬音に含まれる倍音が複雑に反射してある一点に集ったとき、それが「じいさんの歌」と似た周波数の集まりとなって聞こえたのだろう、という結論になった。

しかし、ここまで冷静に分析しても、やはりその音はまぎれもない「太鼓腹の酔っぱらいじいさんの歌」にしか聞こえず、僕たちはしばらくその場で、この不思議な歌を堪能させてもらった。

こうした現象が「仙人」や「天狗」等の伝承のもとになったのかどうかは定かでないが、物理現象として割り切ってもなお、この「主なき声」には底知れぬ魅力を感じてしまう。

きっと今も、誰もいない谷間の小さな瀬で、相変わらず酔っぱらった太鼓腹のじいさんが、あの歌を歌い続けているに違いない。

そして、世界中のいろんな場所に、誰にも聞かれることなく歌い続けている、無数の見えない歌い手がいるに違いないのだ。
by yuniwauta | 2005-02-07 03:43 | おとだま紀行

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


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