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ゆにわのうたひ

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2005年 02月 10日 ( 2 )

くるくるレインボー!

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去年の神迎え神事の時は、友人の知り合いの方が二人、神迎え神事を見に行きがてら「ゆにわ」で整体を受けに東京から来て下さった。

この日は朝からちょっと雨模様だったが、どうやら毎年神様が動くときは雨が降るのだそうで例年通りのお天気だが、午後には少しづつ晴れて来た、なるほど清めの雨である。

出雲ははじめてのお二人を迎えに出雲大社駅まで車で向かう、そうして二人を乗せて我が家へ向かう途中、北山にドーンと突き立つように見事な虹が立った。

「虹は天との契約が結ばれた証だ。」という事を、いつだったか聞いた。
図らずも神迎え神事の直前、果たしてどんな契約が結ばれたのかは定かでないが、あのめでたくなるような虹の姿だ、さだめしよろしい事が起こったに違いないと思った。

それから2、3日後、今度は別の友人が二人、山陰観光&整体を受けに「ゆにわ」に来てくれた。その時、その一人のマキちゃんが「最近こんなものを作っている」といって僕にくれたのが、この写真の「くるくるレインボー」だ。

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ちょっと前置きが長くなったが、とかくこの時期、自分の中で「虹」というのが大きくテーマになっていて、瞑想していても、大社にお参りしてもとにかく「虹」のことばかり浮かんでくる、目をつむっても「虹」が見える、これは虹色仮面にでも変身しろという宇宙からのメッセージか?と本気で思っていたくらいだ。(冗談です)

そんな時にだめ押しをするように、この「くるくるレインボー」が届いた。
なんの事はない7色のテープを輪のようにして「くるくる」と回すとあら不思議!
この写真では、ちょっと雰囲気を出したくて暗めに撮っているが、まるでシャボン玉のような虹色の玉が、ふわりふわりと棒の先で踊っている。

これを回していると、何だか不思議な懐かしい気分になる。デジタルエフェクト・オンパレードな現代にあって、何と言うロー・テク! テープ同士が擦れ合うさらさらという音も耳に心地良く、一旦手に取るとひたすら回し続けてしまふ。

聞くと彼女の昔からのお知り合いの梅本さんという方が発明されたとか。
これはスバラシイ!というので、早速「ゆにわ」でも置かせて頂くことにした。

普段はいろいろな福祉系のイベント等で販売したり、ワークショップ等を開いて全国を駆け回っておられるとか。静かに日本国内から世界まで広がりつつあるそうな。

興味のある方は、[うめちゃんのHP]へどうぞ。明るいところでの写真もあります。
    
by yuniwauta | 2005-02-10 22:51 | 雑記帳

人間は何食なのか?     (下)

昨日に引き続き、食について書いてみる。

こうして食について考えていけばいくほど、ならば自然食で、無農薬野菜で、添加物を採らずに..という風に、どんどん自然志向に走るのは必然だろう。こうした考えを元に脱サラしたりして田舎に住み、オーガニックの農園や米作りを実践されている方も多い。

また、うちに来られるお客さんの中には、自分の家で食べる用に自家栽培で野菜等を作っておられる方が多い。当然出荷用でないので無農薬、形はいびつだし、トマト等あちこち割れていたりするが本当に旨い。こんなものをいつも食べていたらそりゃ長寿全国1、2を争うというのも頷けるのだ。

こうした方々の仕事っぷりは僕にはとてもマネができないので、ただ凄いなあと思って作物を多少なり分けて頂くのが関の山なのだけれど....

地物を頂くというのは、単純に体に良いのは当然だ。その場所の土質、空気、水、ミネラルバランスは土地ごとに違う、やはり地物を食べれば、当然その土地で生きるのに必要なミネラル分が摂取できるようになっているのだ。

また中国の医学では、自分の住居の周り1里四方以内で、人間が生きて行くために必要な食べ物や薬草は皆揃えることができるとも言われている。ビルの建ち並ぶ都会に住んでいてはそうはいかないが、この辺りなら何とかなりそうな気もする。実際、横の空き地にはからし菜や、ふき、しそ等も自生しているし、探せばもっとたくさんあるはずだ。

だがここに来て、ひとつ疑問が湧いてきている。ここまではあくまで「人間は何かを食べて生きている」ということが前提になっている。そんな事は当たり前だと言われるかもしれないが、僕自身、最近ヨガの関連の本等を読むにつけ、実は必ずしも人間には食事は必要ないのかもしれないという新たな考えが頭をよぎるようになってきたのだ。

パラマハンサ・ヨガナンダ著の「あるヨギの自叙伝」という本がある。ヨガを志す人は一度は読むべきだと言われる本だが、たくさんの聖者の話や、ヨガナンダ自身が「サマディ」というヨガの究極状態に至った経緯が読みやすく語られていて、非常に興味深い。

この中には全く食事を摂らないか、もしくはほとんど摂らない状態で、普通の人以上に健康でエネルギッシュに生きている多くの事例が紹介されている。実際、非常に卓越したヨギは、食事ではなくて「アムリタ」という甘い蜜のような成分を下垂体下部から分泌して、それだけで生きていくということが可能なのだという。また、こうした修行者でなくても、普通の生活を送りながらじょじょに食事を減らして不食を実践している人は意外とたくさんいるらしい。

こうした事に刺激されて、僕は去年の夏、何度か断食を決行した。この頃仕事がちょっとハードで疲れ気味だったのだが、断食をすると臓器が休まるというのを聞いて、やってみたのだ。でも、水断食は急激に痩せるし、あまりにフラフラでは仕事にならないので、オレンジジュースだけは飲んで良い事にして、1日1リットルのオレンジジュースだけで過ごしてみた。

結果は上々、果糖のお陰であまりひもじさはなく、2日目あたりから何だか体が軽くなってくる、3日目の夜には全然お腹がすかなくなっていつまでも食べないでいれそうな気分になる。仕事もフル稼働していたのに別に疲れた感じもなかったのだが、この時点で4〜5キロ、急激に体重が落ちたので一応やめにした。

断食が終わって、4日ぶりに少しうどんを食べたが、この時は感覚的にすごく食べるのが不自然な気がしたのを覚えている、人間にとって、本当に食べる必要というのはあるのだろうか?食べたいという欲求を満足させるためだけに食べているのだけなのではないのだろうか?と。

あれから数ヶ月、冬場は寒いうえに食べないと何だか気分的にひもじくなるような気がするので断食はしていないが、以前に比べて少し小食になったように思う。にもかかわらず体重は以前より増えている。おいしいものを食べると確かに嬉しいし、一瞬は幸せな気分になるけれど、あれ以来、食べるという事について、ちょっと自分から遠く感じるようになったのは確かだ。

人類にとって、食べるという事は本当に必要なのだろうか?
そう書きながら、傍らのせんべいを摘んでいる今宵である。
by yuniwauta | 2005-02-10 20:51 | からだのはなし

ゆにわ主宰          歌島のひとりごと 


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